久遠の空 表紙絵妄想第21巻

第21巻 表紙絵妄想



新選組が京に屯所を構えてから、それなりの月日が流れた。
その間に倒幕派の連中を数え切れないほど斬ってきた。

池田屋以降、倒幕派の出没回数は減ってはきたものの、
まったく姿を現さないというわけではなかった。
特に長州の中でも血気盛んな者たちの中には、
人数を集めては夜の帳が下りた後に
闇討ち同然の勝負を仕掛けてくる者もいた。

そして今夜も。
「新選組、覚悟!」
狭い路地から、浪士たちが踊り出てきた。
桂小五郎が言葉で行動を止めていても、
盟友や兄弟を斬り殺された者たちの、
恨みと言う推進力を静止できるはずもなく。

巡察の当番は一番隊だった。
後ろから声をかけられた彼らは、
素早く振り向いた。
こんなことには慣れっこなのであろう、
全員が一瞬で神経を尖らせ、
無言で刀を抜いた。

「先生」
清三郎が、小さく総司に声をかけた。
「敵は3名と見受けられます。
先生が抜刀されるほどでもないかと」
「たった3人ですか」
総司は不敵な笑みを浮かべた。
「なめられたもんですね、新選組も。
それぐらいなら、私一人でチョイですよ」
かちゃり、と総司は大刀の鯉口を切った。

「沖田先生、そんなことおっしゃって」
命のやり取りをするという場面なのに、
どうしてこの人はギリギリまでこうなのだろう。
「そんなことって、神谷さん、あなた、
私の腕をそんなに信用してないんですか?
・・・いいでしょう、では大刀でなく小刀一振りで、
私ひとりでお相手しましょう」

「先生・・・」
事も無げに言うと、総司は切った鯉口を仕舞い、
腰紐から大刀を抜いて、
呆れた顔をしている清三郎に預けた。
「他の皆さんも手を出さないように」
隊士たちを退けて、総司は敵方の前へ進み出た。

「私は新選組一番隊隊長、沖田総司」
名乗りを挙げ、ゆったりとした動作で柄に手をかけた。
「私ひとりでお相手いたします。どこからでもどうぞ」
鞘から小刀を抜き、晴眼に構えた。

研ぎ澄まされた刃のような空気。
剣先から立ち上る気迫。
合わせられる視線。
その先に容易に想像できる死線。
3対1と、数では圧倒的有利なはずなのに、
動けない。
じりじりと、草履が砂利を食む音だけが耳に届く。
たったひとりの放つ殺気に、その場が完全に支配されていた。

「うあーーーっ!」
緊迫した空気を破るように一人が動いた。
それに釣られた様に他の二人も剣を振りかざした。
総司は最初の一人の喉元を衝くと、
返す刀で二人目の首を払い、
懐に踏み込んで三人目の頭を討ち落とした。

「・・・お見事でした」
死体の処理を他の隊士に任せ、
清三郎は総司の側に寄った。
そして預かっていた大刀を総司に渡す。
「大刀、ありがとうございました。持っててくれて」
受け取る総司は、もう笑っていた。
先ほどの、鬼神の空気はもう影も形もない。

ややあって、死体を運搬した者たちと、
奉行所に事の次第を届けに行った者たちが帰ってきた。
「全員集合しましたか」
隊長が皆の顔をぐるりと見回した。
「はい!」
全員が答えた。
「では巡察を続けます。整列して進んでください」
総司を先頭に押し戴いて、一番隊は出発した。
清三郎は総司の後ろに位置し、
背筋を伸ばして行進に加わった。

京都の夜。
動乱の時代。
今宵もまた椿の花が、
闇の狭間に、落ちた。









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