久遠の空 表紙絵妄想第19巻

第19巻 表紙絵妄想



その夜、清三郎は夢を見ていた。


薄く尖った月。
暗い夜道を総司とふたり、歩いている。
月は夜空で気味悪く光り、
歩く者たちの足元をかろうじて照らしていた。

後ろから、人の気配。
清三郎も総司もとっくに気がついていた。
だだっと駆け寄ってくる足音に
二人は同時に振り向き、
刀の柄に手を掛ける。
「新選組一番隊組長、沖田だな」
「いかにもそうですが」
問われて総司が答える。
「日本国の未来のため、お命頂戴仕る」
言うが早いか、相手は剣を抜いて
襲い掛かってきた。

総司は少しも慌てる様子無く、
自分の剣をすらりと抜いて、
まるで絵でも描くようにそれを振るった。

相手の肉体が斬られる音。
叫び声。
倒れて起こる地面の振動。
月の光を背にして、総司は晴眼に構えた。
「まだ来ますか?」
残っている敵の、息を呑む気配。
濃くなってゆく血の匂い。
「ちくしょう」
と、敵のひとりが踊りかかってきた。
総司ではなく、隣に立つ清三郎めがけて。

清三郎も身構え、いつでも抜刀できる
用意はしていた。
ところが、いざ鞘から抜こうとすると
まったく柄が動かなかった。
「えっ」
何度引いてもビクともしなかった。
「沖田先生!」
清三郎は総司に助けを求めた。

しかし、総司はいつのまにか
そこから姿を消していた。

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「−っ!」
「神谷さん?」
夢から覚めた。気が付いた。
もう少しで斬られるところだった。
手は枕元の刀掛けに伸びていた。
起き上がって、刀身が柄から抜けるか
そっと確認してみる。
障子から忍び込む月の光で、
刀は静かに光った。

「大丈夫ですか?」
総司がやさしい瞳で聞いた。
「うなされてましたよ、怖い夢でも見たんですか?」
「は…はい…」
まだ鼓動が早い。
寝巻きの合わせをぐっと握り締めた。
そして、枕元の刀を見やる。

銘こそ入っていないが、
紛れもない和泉兼定。
総司が清三郎のために、特別に
注文した逸品。

「何の夢を見たんですか?」
総司が横になったまま聞いてきた。
「…月夜に歩いていて、刺客に襲われた
んですけど、刀が抜けなくて…」
布団に潜り込み、清三郎は小さな声で
総司に告げた。
「…そんなに気になります?研ぎに出した大刀」
総司はふっと笑みをもらした。



和泉兼定をもらったので、以前使っていた
大刀をどうするか、ということになった。
こちらの大刀も、総司にもらったものだった。
総司が兄上の大刀を折った後、
その代わりに探してくれたもの。
笄が付いていて、怒った清三郎は総司を
屯所中追いまわした。

その後、約2年ずっと一緒だった。
初めて人を斬った時。
斎藤に峰打ちの稽古をつけてもらった時。
いつもの巡察の時。
池田屋で阿修羅になった時。
禁門の変、九条川原。
虐待されたまぁ坊を見つけた時。
何かにつけて木の上で泣いた時。
総司と脱隊をかけて勝負した時。
中村五郎に騙されて呼び出された時。
松本法眼と再会した時。
局長のお供で大坂に行った時。
細かいことを思い出したらきりがない。

結局、その大刀は予備として
しまっておくことにした。
池田屋の武功ある刀を譲って欲しいと
いう隊士もいたが、斎藤が「神谷にとって
縁起物だろう」とゲンをかついで断らせた。
新選組に入隊してからほとんどの
月日を一緒に過ごした大刀を
封印しておく必然性に
気がついたとき、兼定をもらった時の
昂揚感と同等か、それ以上の深い寂寥感が
清三郎の胸に沸き起こった。

数日前に研ぎに出した。
戻ってきたら、しばしの別れだ。
兼定を研ぎに出す時まで。


「すみませんでした、起こしてしまって」
おやすみなさい、と清三郎は言って、
上掛けをぐいっとひっぱった。
頭まですっぽりと覆う。
最高の刀が頭上にあるのに、
しかもそれをくれた本人に、
前の刀と別れがたいなどと
言いたくなかった。

やや間が空いて、
清三郎は布団の上から
ぽん、とたたかれるのを感じた。
「今までずーっとあの刀と
一緒でしたもんね」
総司は清三郎の気持ちを見透かしていた。
「でも大丈夫、きっと以前の刀もこの刀も、
神谷さんを守ってくれますよ」
と総司の声。
「だから心配しないでおやすみなさい。
明朝の巡察はうちの隊ですからね」
ぽん。
ぽん。
ぽん。
しばらく総司は清三郎の体を
やさしくたたいていた。

しばらく抜く事のない刀。
しばらく抜き続ける刀。

手放す寂しさ。
手に入れた喜び。

ふたつの気持ちが交錯する中、
清三郎はどちらの気持ちにも
ふたをするように、目を閉じた。









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