久遠の空 表紙絵妄想第18巻

第18巻 表紙絵妄想



「…おきたせんせい」
清三郎は、隣に立つくせっ毛の男を ぐいっと見上げた。

「…すみません」
総司は、隣に立つ前髪の少年から
目をそらした。


空からは、大粒の雨が
滝のように降っていた。

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事の発端は、朝餉の後。
土方が清三郎に書簡を届けるよう頼んだ。
「ヒマなら誰でもいいんだよ」
と口の端をくっと持ち上げた鬼副長。
ちょうどお前が今、目の前にいたからな、
じゃあ頼んだぜ、と言って去っていった。

鬼副長はまったく人使いが
荒くていらっしゃる。
その後姿に内心舌を出して、
清三郎は隊士部屋に戻った。
身支度をしていると、総司が部屋に
入ってきて、一緒に行くと言い出した。
「今、土方さんに話を聞きました。
私も一緒に行きます」
どことなく嬉しそうだ。


もしかして、私と出かけるのが…


「だって、お使い先の近くに
おいしい甘味屋さんがあるんですからねっ」


…こんなことでめげてちゃ駄目。
清三郎、強く生きるのよ。

密かにこぶしを固める清三郎であった。

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無事に書簡を届ける用事は済んだ。
あとは帰営するだけだったのだが、
当然総司は道を少し変えた。
屯所からは少々遠い、巡察の経路にも
入っていないところにある甘味屋。
ここの葛餅は絶品で、黒蜜ときなこだけでなく、
ぜんざい風に小豆をのせたものもある。
その他、いかにも総司が好みそうな
甘い菓子がたくさんあった。

久しぶりに訪れたその店の店主は、
総司と清三郎の事を覚えていた。
総司の食べっぷりをみて、
強い印象を受けないものはいないだろう。
いい意味にしろ、そうでないにしろ。

「まず駆けつけ三杯ですよ」
と総司は言い、その通りに葛餅を三皿
ぺろりと平らげた。
「沖田先生、それはお酒の事です」
と清三郎は受け流し、葛餅を口に運ぶ。
ふんだんに盛られた香り高いきなこで
少々むせた。

次に総司は団子と葛きりを2皿ずつ注文した。
清三郎に勧めながらもほとんど自分の口に納めていた。
それからさらに葛きりのお代わりをして、
最後にまた団子を山ほど注文した。

その時だった。
総司の後ろにある格子窓から
見える空に、清三郎の目が行った。
厚くて黒い雲が、急速に流れてくる。
雨だ。
清三郎はそう直感した。

「沖田先生、雨が降りそうです。
急いで帰りましょう」
ガタンと椅子を引いて、
清三郎は立ち上がった。
「えぇ?まだお団子食べ終わって
ないですよぅ」
眉間にしわを寄せて嫌がる
一番隊組長。
「お団子どころじゃないですよ。
最近の雨のすごさ、
ご存知ないわけじゃないでしょう」
組長の袖を引っ張る平隊士。
しばしの押し問答の末、
残った団子を包んでもらい、
二人は甘味屋を後にした。

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そして、冒頭の状況に至る。
二人よりも雨のほうが足が早く、
屯所まであと少しだというのに
天から雨粒が落ちてきてしまった。
かなり大きな粒のものが、
矢を射るように降り注いできた。

篠突く雨。
まさにそういった風景。
通りの軒先を借りて雨をやり過ごす。
もうちょっと早く店を出ていれば…
そう思って清三郎は溜息をついた。

清三郎は雨がなるべくかからないように、
できるだけ体を後ろに引いて立った。
横を見ると総司は、隊服の右の袖を
くるくると丸めて胸に押し付けている。
「先生、何なさってるんですか?」
「だってお団子が濡れちゃうじゃないですか」
お団子…
「自分の袖濡らしても、団子の包み濡らすなよ、
ですか?」
猿地蔵じゃあるまいし、と清三郎は苦笑した。
総司はそんな清三郎の顔をじーっと見つめて、
「あ、ここにもお団子が」
と言った。
そして、左の袖で清三郎の顔を覆った。

ふわり。
目の前が浅葱色に染まる。
「お、おきた先生、何を…」
突然視界が狭まり、清三郎は慌てた。
「だって神谷さんのほっぺ、お団子みたい
なんですもの。濡れないようにしなきゃ」
総司は清三郎を引き寄せて笑う。
「ひ、ひどい!ひとの頬をお団子だなんて!」
「あ、お団子じゃなくて大福でしたよね」
局長と共に大坂に下った時。
谷先生に殴られた頬を、総司は
大福みたいだと形容した。
「あの時みたいに食べないでくださいねっ」
「ふふっ、どうしましょうかねぇ。
あの時はおいしくなかったけど、
もう一度味見してみたらおいしいですかね?」

もう一度。

もう一度、あの時のように…

清三郎は顔を上げた。
総司の顔が間近に迫っていた。
浅葱色の影で、清三郎の頬が
桜色に染まっていく。

太陽みたいな、暖かい匂い。
それに隠れて、鉄の匂い。
綺麗事では済まされない、一番隊組長の匂いがした。


沖田先生…


「あ」
総司が腕を開いた。
急に眩しくなった光景に目がくらむ。
「雨上がりましたよ、神谷さん」
慣れてきた目で見上げれば、
空は青く、雲は足早に去っていくところだった。
「通り雨でしたね」
「そうみたいですね」
清清しい光景に、二人は自然と笑顔。
「いっぱい濡れちゃいましたか?」
総司が首をかしげて聞いた。
「大丈夫です」
清三郎は笑って答えた。


先生がかばってくださったから。

でも、本当は先生と一緒なら、
雨でも槍でも平気です。









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