久遠の空 表紙絵妄想第17巻

第17巻 表紙絵妄想



それは巡察中の出来事であった。

一番隊が見回りをしている途中、
山口が不逞浪士を見つけた。
呼び子の鳴る方向に、一番隊の全員が
駆けつけた。

白昼の往来で、山口と、
彼と組んでいる相田がすでに
刀を抜いていた。
敵は5、6名だろうか、山口と相田を
囲むようにして立っていた。

ざざっと駆け寄る足音。
浅葱色の隊服がはためく。
「くっ、援軍か」
敵方は足音に振り向いた。

呼び子の音を聞いてすぐに駆けつけた
総司と清三郎も、その場にいる者たちと
同じように鯉口を切った。


日の光を浴びて、
抜かれた何本もの白刃が
きらりと光った。

どうと倒れる音ふたつ。
流れ出る血。

残る敵は3人。

3人は、乱れた足音でその場から
逃げ出した。

「先生、この方向だと・・・」
「ええ、街中に出てしまいます」
清三郎と総司は、追いかけながら
渋い顔を隠さなかった。

敵方は、清三郎と総司の思った通り、
人通りの多い街中へ入っていった。
刀を振りかざして逃げる3人に、
市井の人々から大きな悲鳴が上がる。
この人ごみで撒けると思ったのだろう。

だが、新選組の面々、しかも局長の
懐刀の一番隊がそう簡単に撒かれるはずも無く、
敵方の3人は次第に追い詰められていった。

「おい、こっちだ!」
周囲の人々を押しのけて、3人の浪士は
芝居小屋へと逃げ込んだ。
「沖田先生!」
しまった、と誰もが思った。
今日は芝居の公演日で、中には観客が大勢いる。
そんなところへ逃げこまれてしまったら、
どれだけ犠牲が出るか知れない。
「二人ずつで入り口と裏口を固めてください!
神谷さん、相田さん、山口さん、こちらへ!」
総司は指示を出すと、
あっと言う間に芝居小屋へと
飛び込んでいった。


中は当然、大騒ぎになっていた。
外へ逃げ出そうとする観客たちを押しのけ、
総司と清三郎は舞台へ近づいていった。
舞台の下手、花道が舞台に交わる辺りで、
不逞浪士の3人は立っていた。
定石通り、人質をとって。
若い女子が、彼らのうちの一人の
腕の中で小刀を突きつけられていた。

総司と清三郎は、舞台の上手側から
舞台によじ登った。
浪士たちの顔に緊張が走る。
「私は新撰組一番隊組長、沖田総司。
おとなしくすれば命は取りません。
人質を放してこちらへ来てください」
総司は浪士たちに向かって言った。
「何を申すか!幕府の腰巾着め!
おぬしたちこそおとなしく我々の
行動を見ていればいいものを…」

「神谷さん」
総司は目線は敵に向けたまま、
体の向きだけ変えて清三郎に話し掛けた。
「どうやら話し合っても無駄な相手の
ようです」
「そうみたいですね、どうしますか?」
清三郎がそれを受けて聞き返した。
「あなたがお行きなさい」
総司がさらりと言った。
「お行きなさいって…?」
清三郎がまた聞き返した。

「花道の下を見てください」
総司の言葉に、清三郎は視線だけを
相手に気取られぬよう、一瞬だけそこに移した。
山口が潜んでいた。
こちらからは見えているが、人質をとっている
相手からは見えない角度に。
「神谷さんは、あの3人を花道に追い込んでください。
山口さんが飛び出して、挟み撃ちにできる。
私は花道の反対側に回って、人質の確保と
退路を断つようにします」
「…わかりました」
「じゃ、いきますよ」
総司は清三郎の肩に手を置いた。

舞台の天井の方では、おびえながら
下の騒ぎを伺っている目があった。
今日の演目で必要な道具と共に、
天井で待機している男だった。
舞台上では、浅葱色の隊服が今、
まさに剣を抜こうとしている。
「あ、あの服は…新選組っ…」
男は持っていた籠から手を離して
しまった。
「ああっ…」
籠は何とかもう一度掴んだが、
中身がこぼれて舞台に向かって
落ちていった。

ひらり、ひらり。

まるで、桜の花が降るように。

上から何かが降ってくる。
しかし、もう鬼の目になった清三郎には、
降ってくる物体など気にならない。

「新選組一番隊、神谷清三郎、参る」
清三郎は、静かに刀を抜いた。










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