久遠の空 表紙絵妄想第12巻

第12巻 表紙絵妄想



突然、降って沸いた東下の話。
すでに沖田さん、井上さん、三木さんの
3人に決定したと思っていた。
しかし、土方副長に呼び出されて
話を聞いてみれば、副長、伊東参謀、俺に
変更になったと言う。
急だが頼む、と副長に言われ、
俺は頷くしかなかった。

出立当日。
俺たち3人は組の皆に見送られ、
江戸へと旅立った。
挨拶もそこそこに先を歩く副長に合わせ、
早足で屯所を去る。
出る時、沖田さんにつかまった。
江戸に着いたら出来るだけ土方さんの
傍にいてあげてください、と頼まれた。
何を意味するのかわからずに眉を顰めると、
いえ、できるだけでいいのでお願いします、
と沖田さんは言った。
そこへ神谷がやってきて、
元気で帰ってきてくださいねと笑顔を見せた。
夕べのうちに渡しておいた熱冷ましと膏薬で、
稽古のし過ぎでできた傷の手当てをしておくよう
伝え、副長と参謀の後を追った。

二人に追いつくと、副長に籠を呼ぶよう言われた。
参謀の態度が気に入らず、追い返すつもりらしい。
参謀が副長の腕を引き、美しい景色を指差している。
そう、まるで恋人のように。
だが副長はこちらを見て、他人のふりをするなと
怒鳴っている。傍観するには面白いが、
本人には真剣に辛かろう。
ふと、沖田さんの顔が浮かんだ。
土方さんの傍にいてあげてください。
沖田さんはこのことを言っていたのだろうか。
伊東参謀に絡まれて困惑する土方副長を助けろと。
甘いのは神谷ばかりじゃないんだな、沖田さん。

そこで俺は、呼んだばかりの籠を
まず副長に勧めた。お顔の色がすぐれません、と言って。
なぜ俺が、と怒っていたが、押し込めてしまうと
静かになった。
もうひとつ籠を呼び、そちらを参謀に勧めた。 参謀も乗るのをしぶったが、俺は言った。
「窓越しに見る春も風流かと」
参謀はほう…?と言って、素直に乗った。
二人がおとなしく籠に納まったのを見て、
俺は歩き出した。
窓越しに見た、あの景色を思い出しながら。


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あれはまだ山南さんが脱走する前の冬だった。
冬の京都は寒い。
しかし、いつも以上の寒さと明るさに目を覚ますと、
障子の向こうは雪景色だった。
ゆうべ、井上さんが「今夜は雪になりそうですね」と
言っていたような気がする。
早寝をしてしまったため、降り出すのを見ないままだった。
たたた、と廊下を走ってくる音がした。
あの足音は…
「斎藤先生、神谷です。起きていらっしゃいますか」
障子を開けてやると、そこには満面の笑みをたたえた
神谷がいた。今日も帳簿付けで早起きだったようだ。
「兄上、外は雪ですよ!」
あいかわらずの、まぶしいばかりの笑顔。
「今から沖田先生と雪だるまを作るんですけど、
兄上も一緒にいかがですか?」
…沖田先生と、か。
少しがっかりしたが、このあと巡察がある。
どのみち付き合えなかった。
残念がる神谷にすまん、と告げ、立ち去るのを
見送ってから障子を閉めた。

着替えてから厠に向かった。
少し遠いが、正門前を通って、奥にある厠へ
行くことにした。神谷の姿をひとめ見ようと。
だが、断った手前、見つかりたくはないので
守衛の窓からこっそり見ることにした。
障子を少し開けてみる。
「神谷さん、もっと丸くなるように転がしてくださいよ〜」
沖田さんが息を白くしてしゃべっている。
「じゃあ手伝ってください沖田先生、雪玉が大きく
なってきたんで転がすの難しくなってきたんですよ!」
息を弾ませて、神谷が言う。
そこへ原田さんと永倉さん、藤堂さんがやって来た。
「ひょ〜、寒ィなぁ〜!!これだけ積もっちゃよぉ!」
「おう、やっぱり総司と神谷か、どうだ、雪合戦といかねぇか」
「いいですね、じゃあ私と神谷さんで組みますか」
「はい!沖田先生!」
「あ、源さ〜ん!一緒にやろうよ!俺、総司たちの組に入るね」
「よし、やるか」
総勢6人で雪合戦が始まった。
「よし来やがれ!総司!」
原田さんがもろ肌を脱いで気合を入れた。
寒いと言っていたくせに、切腹傷まで見せている。
「うわ、やる気ですね原田さんっ!」
びゅん、と雪玉が飛んだ。
神谷の組は勢いよく雪玉を投げている。
原田さんの組はなぜか投げているのが二人だ。
だが、やたらと数が飛んでくる。
ここからだとよく見えないが、井上さんは
座り込んでいるようだ。
もう少し障子を開けてみた。
なんと井上さんは後方で雪玉を増産していた。
さすが年の功だ…。

ふと話し声が聞こえて後ろを向くと、玄関から
局長と副長、それに山南さんが出てきた。
「ったく、こんなに積もりやがって…」
副長がぼやきながら肩を竦めている。
「ははは、ゆうべ結構降ったからなぁ」
鼻先を赤くして局長が笑った。
「ああ、あそこに平助たちがいる」
山南さんが門の外を指差した。
「あいつらは犬か、喜びやがって」
副長が雪をものともせずに、足早に門に
向かっていった。
「やいテメェら、幹部がガン首そろえて
何はしゃいでやがんだ!」
こめかみに青筋を立てて副長が怒鳴った。
その瞬間。
びちゃ。
副長の横顔に、雪玉。
その場にいた全員が固まった。俺も含めて。
投げたのは…神谷だった。
投げ終わったそのままの体勢で青ざめている。
「…ぷっ」
沈黙を破ったのは沖田さんだった。
「あははは、神谷さん上手い!」
原田さんと永倉さんも続けた。
「上手かねーよ!どこ当ててんだよ!」
「おいおい神谷、俺はこっちだぜ〜〜〜」
「大丈夫か、トシ…」
局長がおそるおそる尋ねた。
後ろでは山南さんがくつくつと笑いをこらえている。
「…神谷ぁ〜〜〜〜〜!!!」
がばっと副長が顔を上げた。
「テメェ切腹だ〜〜〜!!!!」
足元の雪をがしっとかき集め、副長が神谷に向けて
大きな雪の玉を投げつけた。
辛うじてそれをよけた神谷。
「すみません、副長っ」
笑いながらまた雪玉を投げた。
「よせ、トシ!大人気ない」
「止めんな近藤さん、この馬鹿に”鬼の副長”を見せてやる!」
その後はもう大混乱だった。
むきになって雪玉を投げ合う副長と神谷。
笑いが止まらない沖田さん。
転んで羽織についた雪を払おうともせず、神谷に加勢する藤堂さん。
動きすぎで汗までかいている原田さん。
副長に雪玉をどんどん渡す永倉さん。
その雪玉を黙々と、でも楽しそうに作っている井上さん。
近藤さんと山南さんは笑いながら、門の影から皆を見ていた。

大騒ぎの中、俺は障子を閉めた。
これだけの人数がいたら、後ろをそっと通っても
見つかってしまうだろうと思い、結局自分の部屋の
近くの厠まで戻っていった。

巡察から帰ってくると、門の脇に雪だるまが立っていた。
あの後、神谷と沖田さんが作ったのだろう。
門をくぐると沖田さんがいた。
「あ、斎藤さん、お疲れ様です」
少し頭を下げて沖田さんが言った。
そして、俺の耳にそっとささやいた。
「ねぇ斎藤さん、さっきそこから覗いてたでしょう」
…変な時だけカンがいいんだな、アンタは。
一緒に雪合戦やりたかったんなら出てくればよかったのに、
と沖田さんは笑った。
いいんだ、俺は神谷の姿だけ見られればよかったんだ。
そう言ってやろうかと思ったが、教えてやらないことにした。
しのぶ恋こそ、だ。

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あの頃は、山南さんがあんなことになるなんて
思いもしていなかった。
今、山南さんはこの世にいない。
屯所も移転した。
新しい隊士を募集する。
入れ替わっていくのだ、何もかも、すべてが。
しかし俺には感傷にとらわれている暇はない。
会津公のため、組のため、やらねばならぬ仕事は山のようにある。
気をひきしめねばならない。
編み笠の紐をきゅっと引き、息を吸い込む。
春の柔らかな空気が、体に入ってきた。

待っていろ、神谷。
俺は必ず無事に帰ってくる。
アンタこそ息災にしていてくれ。









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