久遠の空 表紙絵妄想第11巻

第11巻 表紙絵妄想



先達ての配置換えで、総司と清三郎は
別々の部署に配属になった。
総司は一番隊組長のままだが、
清三郎は山南付きの小姓に転属した。

清三郎を小姓に、というのは、
彼の「正体」を知った山南が
少しでも隊務の危険から清三郎を遠ざけようと
画策した結果だった。
山南は普段は人事にほとんど異論を唱えないが、
今回ばかりは自分の意見を押し通した。
「アンタがそんなに強く言うなんてめずらしいな」
と、人事担当の土方は苦笑した。

命がけの危険な仕事。
いつ女子の身だとばれるかもしれぬ同居生活。
気苦労も人一倍だろう。
自分の元に居れば切り合いの可能性のある巡察や任務に
就くこともないし、他の隊士たちからの目も
減らせると思って申し出たが、
清三郎も、そして総司も顔をあわせるたびに
浮かない表情を見せていた。

山南は、失敗したかもしれないと思った。

恋人の明里にぽろっとこぼしたら、
「阿呆やなぁ、山南はん。
何のためにおセイちゃんが仇討ち終わってまで
月代残して新撰組におると思うん?」
と飽きれた返事が返ってきた。
まったく男はんはすべからく野暮天なんやなぁ、
と、明里は乱れた髪を掻き揚げた。

*************************************************

日に日に元気をなくしていく清三郎を見かねて、
山南は彼…いや彼女を使いに出した。
いや、表向きは使いだが、実際は明里のところへ
清三郎を行かせたのであった。
「明里にこの手紙を届けて欲しい」と、
一通の書状を持たせて。
手紙には、清三郎の話を聞いてやり元気付けてほしいと
いった内容をしたためた。
「承知しました。これを明里さんへお届けすれば
よろしいんですね」
手紙を懐に入れて、清三郎は立ち上がった。
「ああ、頼んだよ」
山南は笑顔で清三郎が出て行くのを見送ったが、
その背中はどんよりとした雲を背負っているかのようだった。


昼見世が開いて少し経った頃だった。
明里の店にたどり着いた清三郎は、
たまたまお茶をひいていた明里の元へ
すぐに通された。
山南の書状を受け取った明里は目を通すと、
改めて清三郎をまじまじと見つめた。

いつもはぱっちりと開いている目元が暗い。
俯いているせいか、まぶたが普段より落ちているせいか。
肩もぐったりと重たそうに下がっている。
正座した膝の上の手は緩く握られており、
きちんとした印象が得られない。
何より、いつも自分の元を訪れる時は、
いいことがあったときは明るく、
そうでないときはたまらずとびついてくる、
その覇気がまったく見られなかった。

「おセイちゃん…気持ちはわかるけど」
はぁ、と溜息をついて明里が口を開いた。
「だって、私は沖田先生のお側で役に立つことが…」
それだけつぶやくと、清三郎はますます肩を落とした。

ここで喧しいほど喋ってくれたら、と明里は思った。
もしそうしてくれるのなら、まだ元気があるということなのに。
明里はどう慰めていいか判らず、とりあえず馴染みの料亭から
美味しいお膳を取り寄せ、静かな雰囲気の中で食事をさせた。
お腹が落ち着いてきたところへ、よそのお座敷に遣っていた
お志津を呼んだ。お志津はいつもより元気のない清三郎を
持ち前の毒舌で茶化し、場を明るく盛り上げた。
それに釣られて清三郎も、少しずつ笑みを取り戻していった。

陽が傾いてきて、清三郎は帰営することにした。
気がつけば、線香を4本消費していた。
清三郎は金を払おうとしたが、
そんなつもりできたわけでもなかったので、
あいにく持ち合わせがなかった。
「今度でええよ」
と明里はやんわりと言って、
またおセイちゃんが来るの待ってるわ、と
耳元でやさしく囁いた。

******************************************************

夕焼けに染まる道をひとり歩く。
しばらく隊務で忙しい日が続いた。
今日、一番隊は隊務がなかった。
近藤の部屋で数刻ぐだぐだと過ごし、
それから久しぶりに一緒に出かけようと思って、
総司は清三郎を探していた。
どこにいるのか山南に聞くと、
「私の使いでちょっと出てもらっているんだ。
そろそろ帰ってくるだろうから、迎えに行って
もらえないか?」と言われた。

濃い橙色に染まる景色の中、遠くに小さく
清三郎の姿が見えた。
「神谷さ…」
手を振って呼ぼうとしたが、清三郎が俯いて
こちらに気がついていない様子なので、
総司は畦道から一段下に作ってあるはせ架けの影に隠れた。
こっそり声をかけて吃驚させちゃいましょう。
その時の清三郎の反応を予想して、
総司は喉の奥をククッと鳴らした。

清三郎が近づいてきた。
稲束の隙間から、あと少しあと少しと距離を測る。
飛び出そうと思ったとき、清三郎が突然ピタリと
足を止めた。
そして、こちらに体を向けて叫んだ。
「沖田先生の野暮天ー!
山南先生のおせっかいー!
ついでに原田先生のスケベー!
ついでのついでに、副長の鬼ー!」

清三郎は、大きく肩で息をした。
大声に一瞬、こちらが驚いてしまったが、
我に返ると総司はぷっと吹き出してしまった。
人の声がした気がして、清三郎は後ろを振り返った。
だが、誰もいない。
総司は笑いを必死でこらえた。
総司の体は穂で隠れているし、段差からくる角度で
わずかに見えている足元も清三郎からは見えなかった。
清三郎は軽く首をかしげると、
そのまま歩いていってしまった。
総司はまだ笑っていて、清三郎の後ろを
追いかけられず、しばらくその場にうずくまっていた。

*************************************************

笑いが収まって総司も屯所に帰った。
そして清三郎を、山南の部屋に尋ねた。

「神谷さんいますか?
今夜は十五夜ですよ。
お月見に行きませんか?」

*************************************************

その後、山南が明里の元を訪れた際、
清三郎が尋ねてきたときの分と合わせて
7本分の線香代を請求されたのは、
誰にも内緒の話。









inserted by FC2 system