久遠の空 表紙絵妄想第10巻

第10巻 表紙絵妄想



毎朝行っている、近藤先生への
朝のご挨拶。
「おはようございます近藤先生、総司です」
障子の外から声をかけて、先生のお返事を
いただいてから部屋に入ります。
「あぁ、総司か、入りなさい」
「失礼します」

すらりと障子を開けると、近藤先生と
土方さんが座っていました。
「おはようございます、先生、土方さん」
「おはよう総司」
「あぁ」
いつもたわいもない話をしたり、
私にはよくわからない国事の話を
聞いたりして、部屋を辞します。
「では失礼します」
今日も難しい話を土方さんが始めたので、
適当なところで抜け出しました。
懐には、近藤先生に届けられたおまんじゅうを
三つ隠しちゃいました。
「総司、午後から幹部会だからな。
左之助と永倉に伝えておいてくれ」
帰り際、土方さんにそう頼まれました。
「承知しました」

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一度自分の部屋へ戻ってみましたが、
斎藤さんも神谷さんも居ませんでした。
私が近藤先生のところへ行く時にはいたんですがねぇ。
せっかくおまんじゅう、一緒に食べようと思ったのに。
まぁいいです、それは後でにして、
原田さんと永倉さんに言付けに行きましょう。

隣のお二人の部屋へ行きました。
「原田さーん、永倉さーん、いらっしゃいます?」
廊下から声をかけると、がさがさどたっという音が
して、障子が細めに空きました。
「…あぁなんだ総司か、入れよ」
原田さんが顔を出しました。
「はい、失礼しますね」
原田さんはちょっぴり苦笑いをしていました。
「よぉ総司、これ見ろよ」
永倉さんが、入ってきた私に一冊の本を渡しました。

春画本でした。

「永倉さん…」
まったく朝っぱらから。
「ちっと本の整理してたら出てきたんだよ。
総司、これ見覚えあるだろ?」
永倉さんがぱらりと本を開くと、
そこには若い女子の絵がありました。
「?」
「ホラ、こいつ神谷に似てるだろ?」
私はぐいぐいと本を持つように押し付けられました。
しぶしぶ受け取って、よーく見てみると、
神谷さんが入隊する直前に
原田さんが買ったものでした。
入隊試験で初めて神谷さんを見たとき、
この人に似てるって思ったんだっけ。
今改めて見ても、やっぱり似て…

神谷さんにそっくりな女子が、
赤い布を加えて、
艶かしい姿で、
こちらを見ている。

神谷さんにそっくりな女子が、
艶かしい姿で、
こちらを見ている。

神谷さんが、
艶かしい姿で、
こちらを…

あ、あんまりこっち見ないでくれますか?
いや、絵の中の人に話し掛けたって
聞くわけないですよね。
「も、もういいです、お返しします!」
私は本をぴしっと閉じて、原田さんに
突っ返しました。
「なんだよ総司、真っ赤になりやがって」
原田さんはニヤニヤしながら受け取りました。
「あ、左之!これ神谷に見せてやろうぜ!」
永倉さんがとんでもないことを言って
立ち上がりました。
「な、永倉さん!よしましょうよ!」
私は永倉さんの袖を掴んで止めました。
「なンでだよ、いいじゃねぇか」
「そうだそうだ、面白ぇことになるぞ〜」

二人は私を押しのけると部屋を飛び出しました。
「神谷ー、神谷ー!」
「神谷ーちっとこっち来いよー!」
ああもう、何でこんなことに。
何としてでも、お二人より先に神谷さんを
見つけなくては。
でも、どこに行ってるんでしょう。
原田さんと永倉さんは、私たちの部屋の前を通って
台所の方へ行きました。
私もお二人の後に続きました。
もし神谷さんを先に見つけられても、
これならなんとか阻止できると
考えたからです。
走って神谷さんを探すお二人。
その後を追う私。
確か今日の昼の巡察は原田さんと
永倉さんの組だから、準備の時間まで
なんとか神谷さんを…

その時。
「あれ、沖田先生、走ってどうされました?」
後ろから声がしました。

神谷さん!!

「神谷さん、どこ行ってたんですか!」
私は神谷さんの肩をがしっと掴みました。
「どこって…」
「俺と一緒に庭の散策をしていたのだが」
ふと横を見ると、斎藤さんが立ってました。
あぁ、お二人でいたんですか、どうりで…
いえ、今はそんなこと悠長に言ってる場合じゃ
ありません。
「神谷さん、さあ逃げますよ!」
私は神谷さんの手を取りました。
「え?沖田先生?」
「訳はあとで!ともかく今は
私と一緒に逃げてください!」
「うおっ!神谷発見!」
「待てー!神谷ー!」
「原田さん?永倉先生?」
「いいから!斎藤さん、あとお願いします!」
訝る斎藤さんに後ろを託して、
私は神谷さんの手を握って屯所の外へ
駆けていきました。

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「こ、ここまでくれば…ハァ…」
足をとめて気がつくと、私と神谷さんは
屯所から少し離れた雑木林にいました。
「お、おき、おきたせんせ、いったい…」
私と同じように息を切らせて、
神谷さんが尋ねてきました。
「あ、まだ、何も、説明してなかった…ですよね、
実は…原田さんと…な、永倉さんが…」
息を整えながら私はかくかくしかじかと話しました。

「しゅ…春画本ですか…」
はーっと長く、神谷さんが溜息をつきました。
そりゃそうですよね、自分に似た人の
春画なんて、ねぇ。
「あの、沖田先生」
「はい」
「手…そろそろ離していただけませんか?」
あ。
私、まだ神谷さんの手を放していませんでした。
「すみませ…」
笑って神谷さんの顔をみました。
はっとしました。
神谷さんの上気した顔が、
こちらを見上げるその目が、
あの春画本の人にすごくそっくりに
見えてしまったからです。
思わず、振り払うように手を離してしまいました。

「沖田先生?」
言えません言えません、
春画本の人と一瞬でも重ねて見て
しまったなんて。
「す、少し離れて歩いてくれませんか」
私は神谷さんの顔を見れずに、
しっしっと後ろ手に彼女を追いやりました。
「はぁ…」
納得できなさそうな声が聞こえました。
ともかく、あの二人の巡察の時間まで
なんとか時間をつぶさないと。

そうだ、甘味処でも行きましょうか。
それが一番いいに違いありません。
うん、そうしましょう。









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