久遠の空 表紙絵妄想第8巻

第8巻 表紙絵妄想



寒さが本格的な時期になってきました。
屯所の廊下を歩いていると、
局長に出会いました。

「局長、おはようございます」
声をかけると、局長はこちらを向きました。
「あぁ神谷君か、おはよう」
そうおっしゃった直後、局長はぐっと
背を丸めて、ごほごほと咳き込まれました。
「大丈夫ですか局長、お風邪ですか?」
背をさすりながら、私は言いました。
「いや…咳だけのようなんだが…」
続けて咳き込む局長。

「失礼しますね」
私は局長のお手を取り脈の確認と、
額に手を当てて検温をいたしました。
「そうですね、お顔の色は多少すぐれませんが、
風邪ではないようですね。お咳のみかと」
簡単な見立ててはありますが、
局長には私の判る限りを申し上げました。
「そうか、ありがとう神谷君」
咳き込んでふらつく体を上げて、
局長は立ち上がられました。

「無理なさってはいけません、局長」
「いや、これしきのことで倒れてなどいられないよ」
支えようと伸ばした私の手を、
やんわりと、でも強く押しのけられました。
「…わかりました。私が咳の薬をお持ちします。
それまで局長はなるべく静かになさっててください!」

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局長を部屋までお連れした私は、
咳止めの薬を探しました。
でも買い置きがないようです。
仕方がないので、薬を買い求めに出ました。

門のところで沖田先生に出くわしました。
「おや神谷さん、どこかへおでかけですか?」
沖田先生は門の外を掃き清めていたらしく、
箒をもっていました。
事情を話すと、
「近藤先生のことなら私もついていかなくては!」
と張り切って私と一緒に歩き始めました。

お医者様に咳の薬をお願いして、
その場で調合していただくのを待っていました。

何気なしにあたりを見回すと、軒下に南天の鉢植えが
幾つかあるのに気がつきました。
「南天はな、いろいろな症状に利くんじゃよ」
私の視線に気がついて、お医者様が言いました。
「咳を鎮めるだけでなく、熱を下げたり解毒にも
効果があるんじゃ」
「はい、私の父も医者でしたので、少し知ってます」
私は返答しました。
「ほう、そうか。強壮や目にもいいんじゃよ」

お医者様は柔らかく微笑んで、袋に詰め終わった
薬の服用法を説明してくださいました。
「厄除けにも利くぞ。あんたら元服の時にこいつを
床の間に刺さんかったかね?」

どきっとしました。
私は女子ですから、元服はできません。
それどころか、月代を半分しか入れていない未熟者です。
兄の元服のときのことは覚えていません。

助けを求めるように沖田先生の方を向くと、
「いやぁ、私のときは元服してやっと土方さんに
名前の短縮形ではなく本名で”そうじ”って
呼ばれることが嬉しくて、何も覚えてませんよ」
と思い出している昔の景色に一人、うっとりとしていました。

「あ、ありがとうございました。いただいて帰ります」
昔の局長や鬼副長のことを持ち出すとこの方は止まらない。
そう判断した私は、早々に退散することにしました。
「患者には当たり前だが、症状が治まるまで無理をさせない
ことじゃよ。頓服して2、3日もすれば治るじゃろうて」
「はい、助かります」
私と沖田先生はお医者様に向き直ってもう一度お礼を
述べました。
南天の赤い実ごしに、お医者様はまた微笑んでくださいました。

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屯所へ戻り、早速局長のお部屋へ行きました。
「局長、神谷です。お薬をお持ちしました」
すらりと襖を開けると、そこには横になられた局長と、
こちらをじろりとにらみつける副長がいらっしゃいました。

「何用だ、神谷」
見下ろすように物を言う副長に少しひるみながら、
今朝方局長が咳をされていたのでお薬をいただいて
きました、とお伝えしました。

「ふん、それはもういらねぇ」
土方副長は冷たく言いました。
「はい?」
副長のおっしゃった意味がわからず、私は
きょとんとしてしまいました。
「その後だろうな、俺も局長が咳き込んでいたのを
知ったんで、すぐにコイツを飲ませてやったのさ」

副長の手には石田散薬。
局長の枕もとには湯のみ。
そういえば、この部屋ほんのりお酒くさい。
「土方さん、もしかして…」
私の横で、沖田先生が口を開きました。
「そう、石田散薬を熱燗で飲ませたんだ。
だから他の薬はいらねぇんだよ」
得意げに副長は言いました。

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「あーあ、せっかくお薬用意したのに」
私はがっかりしました。
「そうですねぇ」
沖田先生は苦笑いしました。
「あ、沖田先生、お付き合いいただいてすみません。
ありがとうございました」
私はぴょこっと頭を下げました。

「いいえ、こちらこそありがとう、神谷さん」
私の顔をまっすぐに見つめて、沖田先生は言いました。
「へ?」
「近藤先生のこと、真剣に考えてくれて」
今度は沖田先生は爽やかに笑いました。
「いえ、そんな…」
私は目の前で手を振って答えました。
沖田先生に見つめられて、お礼を言われて。
きっと私、顔が赤くなってたに違いない。

「南天の実、かわいかったですね」
沖田先生はこくりと首を傾げました。
「あ、はい、そうでしたね」
「あれだけかわいかったら、一鉢もらってきちゃえば
よかったですかね」
そう言って沖田先生は腕を組みました。

「あぁ、沖田先生、ご存知ですか?
南天って、赤い実だけじゃないんですよ」
私はふと思い出しました。
父の手伝いをしていた時に、仲間のお医者様が
生薬用の南天の実を持って来てくれた時のことを。
「実は、白い実もあるんです」
「へぇ、赤だけかと思ってましたよ」

「赤い実は…」
続きを話そうとして、私はやめました。
「神谷さん?」
「いえ、何でもないです」

使われなかった薬の袋を持って、隊士部屋へ向かいました。
沖田先生は眠っている局長にもうしばらくついていると
言って、局長室に残りました。

南天の実にある花言葉。
赤い実は「よき家庭」
そして白い実は。


「つのる愛」










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