久遠の空 表紙絵妄想第7巻

第7巻 表紙絵妄想



その日は、久しぶりに試衛館の
皆が巡察も任務もない日であった。
せっかく気の置けない面子が揃うのだから、
呑みに行こうということになり、
原田、永倉、藤堂、井上、斎藤、沖田と
神谷も加わって出かけた。
さすがに近藤や土方、山南といった幹部は
同行できなかったが、こっそりと山南は
心遣いをくれた。

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非常に楽しい時間であった。
原田と永倉は酔うごとに浮かれて裸踊りをし、
沖田はそれを見てよく笑った。
藤堂は酔いつぶれて、井上に介抱されていた。
斎藤は神谷の酒量に注意を払いながら
訥々と飲み、神谷は酌をしながら
皆と朗らかに談笑していた。

それぞれがそこそこ歩ける程度になると、
酔い覚ましがてら歩いて帰ることにした。
もろ肌を脱ぎ、切腹傷を見せて歩くもの。
それをよろけながらも支えているもの。
若干蒼い顔で、苦笑しながら歩を進めるもの。
「大丈夫か」と声をかけ、若いうちは
己の分をわきまえないものだとつぶやくもの。
かなり飲んだはずなのに、わずかに顔色を染めた
だけですたすたと歩くもの。
その一番後ろから、沖田と神谷が着いてきた。

「あぁ楽しい」
頬を酒に染めた神谷が笑った。
「ふふっ、皆で大騒ぎしたのって久しぶりですもんねえ」
沖田が神谷のほうを向いて言った。

「あ、沖田せんせい、うしろうしろ」
神谷が沖田の背中を指差した。
「ひもー、ほどけてますよー」
背中で結われた隊服の紐がほどけていた。
「え?本当に?」
「動かないでください、今直しますから」
沖田がその場で足を止めると、神谷は
その背中の紐に手をかけて結びなおした。

「はい、できましたー」
ぽん、と神谷が沖田の背をたたいた。
「ありがとうございます神谷さん」
肩越しに沖田が振り向いた。
少し酔いの残る顔で微笑まれ、
神谷は心臓が跳ねた。

お酒のせいだけじゃない。
少し早くなった鼓動に、神谷は俯いた。

「どうしました、神谷さん?
酔いが回ってきましたか?」
沖田がかがんで神谷の顔を覗き込んだ。
「いえ、大丈夫です」
今、この顔を見ないで欲しいんですけど。
そう思って神谷は沖田と目をあわせないように
横を向いた。

「あ」
その目が大きく見開かれた。
「え?」
「沖田せんせい、あれ」
沖田が神谷の示す方向を見ると、
きれいな月があった。

丸い、大きな月。
よく考えれば、提灯を持つ原田と斎藤は
少し先を歩いている。
それでも足元に注意を払わず歩けるほどの
明かりが夜空にあった。

酔って前しか見てなかったけれど、
仰ぎ見れば月明かり。
それに照らされる銀色のススキの穂。
さわりと音を立てて揺れる穂波。
その光景に飲まれそうになり、
思わず神谷は沖田の隊服をつかんだ。

「おーい、そこの二人」
永倉の声に、沖田と神谷は前を見た。
「あんまり遅いと置いてっちまうぞー」
大きく手を振る永倉に、二人は走って追いついた。
「なにボケっとしてやがんだ」
「あぁすみません、月があまりにきれいだったんで」
見惚れちゃいました、と沖田が頭を掻いた。

「見惚れてたのは月だけかよ総司ィ」
横から原田が寄りかかってきた。
「えーなんですか原田さん」
原田を支えて沖田が言った。
「今宵の神谷に見惚れてたんじゃねぇか
っつーんだよぉ」
原田が目を細めて答えた。

「原田さん、な、何をっ」
神谷が赤面して言う。
「ちょっと酔っちゃったかわいい顔の
清三郎ちゃんにみーとーれーてーたんと違うかー?」
原田が神谷にぐいっと顔を近づけた。
「いやだ原田さん、酔って!」
神谷が原田を押し返した。

「ははっ、そうだよね、ほんのり赤い
神谷ってかわいいもんね」
藤堂がくすりと笑って言った。
「藤堂先生まで何言って…」
もう、と今度は藤堂をにらんだ神谷。
「違えねぇ」
永倉と井上が頷く。
「あーもー先生方ったらー!」
神谷はそれを聞いて、二人をそれぞれ
にらみつけた。

「私は武士です!かわいいなんて褒め言葉は
いりません!ねぇ、斎藤先生?」
と、神谷は斎藤に助け舟を求めた。
「…あまり飲み過ぎないことだな」
先ほどとかわらぬ顔色で、斎藤はこともなげに
つぶやいた。
「斎藤先生まで…」
はぁ、と溜息をついて、神谷はがっくりと肩を落とした。

「まぁまぁ、神谷さん。見た目がどうであれ、
最近のあなたは充分に男らしいですよ」
沖田が神谷の肩をたたいて諌めた。
「見た目って…沖田先生っ」

気にしてるのに。

がばっと顔を上げ、神谷は沖田を
ぽかぽかとたたき始めた。
「何でですか、褒めたのにー!」
沖田が逃げる。
神谷はそれを追う。
他の面々はそれを見て笑ったり、
同じく追いかけたり。

月夜の晩。
江戸では夜這い解禁の夜。
しかし、今ここではそんなことは関係なく。
同じ夜を分かち合うものたちを、
ただ月の光だけが照らしていた。









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