久遠の空 表紙絵妄想第5巻

第5巻 表紙絵妄想



年の始めから、一番隊は大忙しだった。
三が日は物忌みだというのに、
不逞浪士どもはそこを利用して、
小さくも確実な活動をしていた。
その同行を監察方が捉え、
巡察の当番を考慮した隊が出撃に割り当てられる。
ちょうど一番隊が都合よく、配置に着いた。
監察方の的確な情報と一番隊の見事な連携で、
血を流さずに相手を捕らえることが出来た。
ご苦労、と仕事の成果に頷く局長と、
当然、と鼻を鳴らすだけの副長に
事の委細を報告し、一番隊隊長の総司は
局長室を出た。
「あ、オイ総司」
廊下に歩をすすめていた総司を、
土方が呼び止めた。
「お前、ちょっと梅が咲いてるか見てきてくれないか」
一瞬、土方の言葉が何を意味するのか
総司は考えたが、すぐに納得したように
笑みを返した。
「承知しました。どちらの梅で?」

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それから程なくして。
総司は清三郎を連れて屯所を離れた。
またいつものように軽い口調で誘って。
急な仕事のせいでまだお参りに行って
ないですもんね、と。
ふたり並んで、まだ冷たい空気の中を
てくてくと歩いていった。

着いたのは近所の小さな神社だった。
白い息を吐いて、鳥居の前に立つ。
他の参拝客の流れに乗って、
頭を下げてから境内に入った。
手と口を清めて、参道で神前に進む順番を待った。
「何お願いするんですか、神谷さん」
総司が横を向いて尋ねた。
「武士として精進できますように!これですよ!」
清三郎は胸をはって答えた。
「神谷さんらしいですね」
総司はふふっと笑う。
「沖田先生は?何をお願いされるんですか?」
今度は清三郎が聞いた。
「私ですか?…ないしょですー」
総司が人差し指を口にあてて答える。
ずるいです、沖田先生と清三郎が詰め寄ったり
まぁまぁと総司がなだめたりしているうちに、
列が進んで賽銭箱の前に来た。
お賽銭を投げて、ふたりはそれぞれの
心のうちを願った。


「お社の裏に行きましょう。
立派な梅の木があるんですよ」
総司が清三郎の手を引っ張った。
「あ…はい」
こころもち頬を赤くして清三郎がついてゆく。
建物の後ろには、早咲きの梅が咲き誇っていた。
白い花が空を覆うようにたくさん咲いている。
梅の枝が、まるで天から降ってくる雪を
押しとどめているかのようだった。
「あぁ、梅の花の香りがすごい」
清三郎が、空気を吸い込んで言う。
「春の香りですねぇ」
総司も柔らかな笑みを浮かべて言った。
「あ、おみくじを結んでる人がいますよ」
清三郎は一本の枝を指差した。
その枝には、細く折って結わえ付けられた紙。
「おみくじって、悪い結果だと結んでいったほうが
いいんですよね?」
「いや、今年の運勢を肝に命じるために
持ち歩くって話もありますよ」
清三郎は、あっちにも結んであるこっちにも結んである
と言いながら、梅林の奥のほうへ入っていった。
「へぇ…結構奥のほうまで結びに」
きてますよ、と総司に言おうとした
清三郎は、ポキリという音に振り返った。
見ると、総司が梅の枝を一本折って、
袂に入れるところだった。
「いやだ沖田先生、何してるんですか!」
当然、怒る清三郎。
「いや、ちょっと土方さんへお土産です」
いたずらを見つけられた子どものように、
肩をすくめて苦笑いをする総司。
屯所へ戻る道すがら、清三郎は総司に
説教をくらわし続けたのであった。

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「失礼します、副長。総司です」
屯所へ戻ると、清三郎と別れた総司は
副長室へ向かった。
「入れ」
土方の返事が聞こえ、総司は部屋へ入った。
「どうだった」
なにやら書付をしていた土方が、
筆を置いて総司に尋ねた。
「ええ、見事に咲いてましたよ」
総司はそう言って袂を探った。
「コレ、お土産です。どうぞ」
袂からは、先ほど折った梅の枝。
その枝には、おみくじがくくりつけてあった。
「あぁ」
土方は枝に手を伸ばし、おみくじを解いた。
じっとおみくじの文面を読み、軽く頷くと
そのおみくじを総司に渡した。
総司もおみくじを読む。
「…わかりました。さっそく配置につきます」
座るために腰からはずした大刀を手に持ち、
総司は腰を浮かせた。
「今度は事が少しばかり大きそうだ。
斎藤の隊にも声をかけろ」
その背中に土方が命じた。
「承知」
総司が肩越しに振り向いて返事をした。
目を合わせた二人は、すでに鬼の面構えであった。

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数日後、一番隊と三番隊は少しばかり
大きな捕り物を演じた。
梅の枝が運んだ、早春の一幕であった。









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