久遠の空 表紙絵妄想第4巻

第4巻 表紙絵妄想



紅葉の散歩以来、総司は清三郎をよく
連れ出すようになった。
それは景色を見物する目的のときもあったし、
近藤や土方の使いのときでもあった。
そして、総司の最大の楽しみ−−−
甘味処にも頻繁に同行させるようになった。
はじめは清三郎も、隊の質素な食生活に
甘いもので潤いを与えられると喜んだが、
総司のあまりの甘味好きに、だんだんと
辟易してくるようになった。
お汁粉など、平気で十杯はたいらげるのである。
白い目で見られても仕方あるまい。
が、当の本人はまったくそれに気づかず、
目じりを下げて咀嚼している。


年も押し詰まった頃、今年初めての雪が降った。
夜半から降り続いた雪は、屯所の周辺にも
例外なく積もり、その量たるや、結構なものとなった。
「神谷さん、お出かけしましょう」
例のごとく、総司が清三郎に声をかけた。
「え、こんな足元の悪い日にですか?」
雪がやんでから少したっていた上に、
お天道様も顔を出していたので、地面には
深くとも解けかけた雪があった。
「雪景色、見に行きましょうよぅ」
ぐいぐいと袖をひかれ、清三郎はしぶしぶ
屯所の門をくぐった。

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門を出たところで、総司が襟元に手をやった。
「神谷さん、これ」
総司は、自分のしていた襟巻をはずして、
清三郎に手渡した。
「いいですよ、沖田先生。先生が寒く
なっちゃうじゃないですか」
清三郎は手を振って断った。
「そう思うでしょ?」
でもこれ、実は…というと総司は、
襟巻を二枚に分けた。
「本当は二枚なんですよ、だから一枚どうぞ」
一瞬、驚いた表情を見せた清三郎だったが、
ありがとうございます、と礼を言って
襟巻を自分の首に巻いた。
「じゃ、行きましょうか」
総司は清三郎を促して歩いていった。
今しがた総司の首元にあったぬくもりが
清三郎に伝わる。
清三郎はそのぬくもりを自分の中に
溶け込ませるかのように、襟巻をぐっと
押さえつけた。

方向は同じだったが、紅葉を見た場所よりも
今日の場所のほうが少し遠かった。
着いたのは、一面の雪野原。
民家から少し離れているので、
まだ誰も新雪を荒らしていなかった。
地は白く雪色に染まり、空気は澄んで、
雑木林や遠くに見える家の屋根との境界が
はっきり浮き出ている。
「わぁ…何というか…こう…」
清廉な気持ちになりますね、と清三郎は言った。
そうですね、と総司も相槌を打つ。
足元の雪を手に取ると、水気を含んで重たかった。
「これじゃ雪合戦はできませんねぇ」
総司は残念そうに溜息をつく。
「先日八木さんちの子どもたちと一緒に
やったばかりじゃないですか先生は。それに、
二人だけで雪合戦しても面白くないですよ?」
あれは人数がいないと…清三郎。
「じゃあ今度、屯所の皆でやりましょう!」
ぎゅう、と雪玉を握り締めて総司が言った。
清三郎も雪を手に取り、何とはなしに両手で固め始めた。
「…神谷さん?」
突然、清三郎の雰囲気が変わった。
眉間が狭まり、考え込むような顔つきになった。
「私…何かいけないこと言いました?」
総司が不安そうに覗き込んで尋ねる。
「いえ、ちょっと思い出しちゃっただけです」
清三郎は傍目にも無理だとわかる笑顔を作った。
「…屯所の皆って言葉で、もういない人たちのことを」
雪玉を固める手を、いっそう固くして清三郎は続けた。
「入隊して…いえ、入隊する前から、今年の私は
人を失ってばかりでした」
父上、兄上をはじめ、山城さん、新見先生、
芹沢先生−−−
それと、初めて私が斬った田上さん…
「失ってばかりの一年が、やっと終わろうとしています…」
清三郎は俯いた。
「そうでもないですよ」
と総司が言った。
清三郎がぱっと顔を上げて、総司を見る。
「確かに、あなたは大切な人たちを失った。
でも、近藤先生や土方さんたちにも会えたでしょう?」
にこりと微笑む総司。
「それに、失ったといっても、それぞれの人が
己の武士道を貫いた結果じゃないですか。
私たちは私たちの武士道を貫いて、ただ信じて
いけばいいんですよ」
表情を崩さず、総司は話した。
「…はい」
清三郎も、つられてぎこちない笑みを作った。

また、この人は−−−
一番辛いのに、笑顔で。
隊の命令のために、芹沢先生さえ
切り捨てて。
武士だからと、心を殺して。
決して自分の心の奥底を覗かせずに。
清三郎は、手の中の雪玉をぎゅうっと握り締めた。

この人の辛さが、雪玉の中に詰め込めればいいのに。
握りこめば握りこむほど、押し込めてしまえるといいのに。
固くなった雪玉も、いつか解けて水になるように、
どうかこの人の辛い心が、解放される日が来ますように。
清三郎はそう願った。

足元が気持ち悪くなってきたので帰る、と清三郎が言い、
ふたりは元来た道を引き返した。
屯所の前まで来ると、八木家の子どもたちが
残り少なくなった雪を蹴散らしていた。
「あー沖田はん」
「為坊、勇坊」
総司が子どもたちの姿を認めると、
「神谷さん、すみません」と言って、
襟巻をそっとはずした。
「これ、どうもありがとうございました」
ふたつの襟巻を、為三郎に渡す。
「出かけるから貸してって、相手は神谷はん
やったんやな」
「アホか兄ちゃん、沖田はんのお供に
神谷はん以外誰が行くねんな」
アホとはなんね、と、二人が喧嘩をしだした。
まぁまぁとなだめる総司。
それを見て清三郎はふっと笑った。
「あぁ、神谷さん、やっと笑ってくれた」
総司がほっとして、息を吐いた。
「え?」
「だって神谷さん、帰り道ずーっと難しい顔してたんですもの」
と総司が言った。
「…すみません」
清三郎は謝罪の言葉を口にした。
別段あやまることでは、と総司が話し掛ける横で、
清三郎はもう一度、心の中で総司に謝罪した。

ごめんなさい、沖田先生。
せっかくお供させていただいたのに。
ふさいだ顔をしていて申し訳ありません。
でも、私は…。
年が明けたら、ひとつ歳をとったらきっと、
今より強くなりますから。
武士だと認められるように頑張りますから。
どうか今だけ。
私の心の雪玉が解けるまで。
もう少しだけ、この悲しみを
抱えさせてください。

どうか、もう少しだけ。









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