久遠の空 表紙絵妄想第3巻

第3巻 表紙絵妄想



朝の巡察が終わったある日のこと。

「神谷さん、ちょっと」
総司が清三郎を呼んだ。
「はい、何でしょうか」
笑顔で、清三郎は答える。
「これからお時間あります?」
「はい、今日は山南先生に帳簿付けの
お手伝いも頼まれておりませんので」
「じゃ、ちょっとお出かけしませんか?」
「はい!」
ふたりは連れ立って出かけた。

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「沖田先生、どちらへ行かれるんですか?」
前を歩く総司に、清三郎が聞いた。
「もう紅葉が見事じゃないですか、
早く見ないともったいないでしょう?」
総司は振り向いてそう言った。
巡察後で疲れてるだろうから、少しだけ。
小半刻も歩いただろうか、ふたりは
紅く染まる林の中に着いた。
「うわぁ…」
清三郎が感嘆の声をもらす。
「ね、見事でしょう?」
「はい、とても…」
紅の葉で、空がそまっている。
初冬の冷たさを含んだ風で葉が揺れると、
その隙間から澄み切った青く高い空。
しばしの間、総司も清三郎も黙って
その景色に見惚れた。

「少し奥まった場所ですけど、
先生はどうしてこの場所をご存知になったのですか?」
ふと清三郎は聞いた。
「あ、いや、一人で散歩してた時に偶然。
あなたがこの前の”居続け”でいなかったときに」
総司は少し慌てたように言った。
「居続けって…あれは沖田先生が妙な言い訳に
してくれたからじゃないですか。おかげで原田さんたちから
酷い言われようだったんですからね、あの時はっ」
ぷうっと清三郎が頬をふくらました。
「あはは、すみませんでしたね。でも、
明里さんのところにいることは事実なんだし、ねぇ」
総司が清三郎を覗き込むようにして言った。
「ねぇって…」
清三郎は額に手を当て、諦めたようにつぶやいた。
「あぁ、そうだ。忘れてました」
総司は急に思い出したように、懐を探った。
「神谷さん、これ、どうぞ」
総司に差し出されたのは、和紙に包まれた菓子だった。
「昨日、土方さんの部屋から失敬してきたんですよ。
お届け物があるって聞いて行ってみたら、あったんで」
受け取りながら、清三郎は苦笑した。
「甘いもののことになると地獄耳ですね、沖田先生は」
「あー、神谷さんこそ酷い物言いじゃないですか」
今度は総司がふてくされてつぶやく。

包みを開けてみると、景色と同じ楓の落雁。
口に入れると、ほろりと崩れた。
「仕事した後は、甘いものです」
疲れを取らないと、と総司は満足したように言った。
「いつでも甘いものでしょ、先生は」
清三郎は溜息。
それに笑って、総司は清三郎と背を合わせた。
すると、突然、一陣の風が。
「うわっ」
双方よろめいて、合わせていた背中が僅かにずれた。
風に煽られた楓が、ふわりふわりと落ちてきた。
「すごい風でしたね、今の」
落ちてきた葉が総司の手の中に、一枚。
「そうでしたね、葉が散っちゃいます」
惜しいですね、と、清三郎が落下する葉に手を伸ばした。
こんなにきれいなのに、と言おうとして総司が
振り向くと、清三郎の髪に、楓が刺さっていた。
きっと、今の風で吹きつけてきたのだろう。
取ってやろうと思ったが、手を止めた。
楓が、清三郎の髪を飾るかんざしのように見えたから。
似合っている。
やはりこの子は女子なのだ、と総司は心の中でつぶやいた。

帰る道すがら、総司が
隊を抜けなさい、あなたは女子なんだからと
説教をし、清三郎を怒らせた。
その詳細はここでは語らずとも。









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