久遠の空 表紙絵妄想第1巻

第1巻 表紙絵妄想



兄上、兄上、
なぜ私を置いていかれたのですか。
何故父上とともに、お二人で逝かれたのですか。


今、私は夢の中です。
兄上、せめて夢の中だけでも
お会いしとうございます。
どうして出てきてくださらないのですか。
私は今、一人ぼっちで、闇の中に
伏しています。
真っ暗な、闇。
どこにも光などありはしません。
目を開けても何も見えません。
どこですか、兄上。
出てきてください、兄上。
そしてどうかお連れ下さい。
私も一緒に行きとうございます。
兄上たちを殺した賊が憎い。
憎うございます。
この気持ちを抱えてひとり、
どのようにして生きろと
言われるのですか。
兄上、兄上…。


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… …


…桜の花びらが、ひとひら。
私の前をひらりひらり。
横切って…

桜の木だ。
大きな、桜の木…

木の下に、誰か立っている…
あの眼差しは、兄上?
…いや、違う。
兄上にしては、背が小さすぎる。
あれは、私…?


私だ。
私が、桜の木の下にいる。
でも、武士の格好をしている。
月代を入れて、でも前髪は残して。
大刀を抱えて…
どこかで見たことがある、
兄上の大刀かしら。
それと、浅葱色の羽織…?
桜の木を眺めている。
いや、少し上のほう、空を見ている。
なにゆえそのように強い眼差しで
空を見ているの?


声が聞こえる。
いや、実際には聞こえていないけど、
頭の中で声がする。
「…さーん」
誰?
「かみ…さーん」
誰なの?
「神谷さんってば」
誰ですか?
私は、神谷じゃない。
でも、その声は私を呼んでいる。
桜の木の下の私は、その声を聞いて
木の根元に視線を落とした。
「こんなところで、何考えてるんですか?」
声の持ち主は、笑みをたたえて
私に近づいてきた。
「何でも、ありません」
私は答えた。
「そうですか」
自分の顔を見ると、うっすら涙が
にじんでいる。
夢の中のこととはいえ、
自分で自分の顔を見るというのは
しかもそれが泣き顔なのだから、
奇妙な気がした。
「…じゃあ、こうしている間に」
と、近づいてきた人は言って、
私と背を合わせた。
「その目から出ているハナミズ、
しまっといてくださいね」
ふふっと、笑いが混じったその人の声。
「!…ハナミズじゃありませんっ」
夢の中の私は叫んだ。
そして顔を上げる。
それと同時に、後ろの人が
背中越しに振り向いて…


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そこで、目が覚めた。
ここは…
そうだ、火事で診療所が焼かれて、
筋向いの旅籠屋さんに
お世話になっていたのだった。
身を起こす。
「うっ」
胸が痛い。
包帯の感触。
やけどしたんだっけ。
だめだ、まだ起きていられない。
もう一度、横になった。
はぁ、と溜息をつく。
夢を見ていた。
兄上を呼ぶ夢だ。
毎夜毎夜、夢で呼ぶ。
今日は兄上じゃない人が出てきた気がする。
男の人で、知らない人。
父上の患者さんの中にもいなかった。


…本当に、知らない人?
どこかで見たことがあるような。
どこで?
どこ…?



あの日、診療所で私を助けてくれた人。
名を名乗っていた。
何だっけ。
「壬生浪士組 沖田総司」
そうだ、沖田総司。
そう名乗っていた。
…壬生浪士組といえば、
兄上が…参加すると言っていた幕府の…
見開いた目が天上を見据える。
障子からもれる朝焼けが、
薄暗い視界を少しずつ広げていく。
私の中にも、どこからが光が
射してきたように感じた。


そのとき、障子が開いた。
「おセイちゃん、おはようさん。
具合どう?」
旅籠屋のおかみさんだった。
「おはようございます。
すみません、すっかりお世話になっちゃって…」
私は痛む胸を我慢して起き上がった。
「あぁ、そのままでええよ。
様子見にきただけやから。
起きたなら何か食べる?
それとも体清めたげようか?」
おかみさんは笑顔で言ってくれた。
「いえ、まだいいです。
それよりお聞きしたいことがあるんですけど」
私は布団の端を握り締めた。


「壬生、浪士組ってどこにあるんですか?」


朝焼けが私の顔を染めた。









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