久遠の空 久遠の空 拍手ありがとうございます。2009年9月拍手文

September Blue



長い夏休みが終わり、新学期が始まった。
休みですっかりだれていた子どもたちも、教室に入り席に着くと背筋を伸ばす。
残暑の中、始業を告げるチャイムがコンクリートの建物に響き渡った。


月末にある運動会を控え、小学生たちは毎日校庭に出て猛練習の日々を送った。
学年によって出し物は異なる。
2年生であるセイは日本に古くから伝わる民謡の踊りを披露し、
4年生の総司は毎年この学年恒例のソーラン節を演じることになっていた。
炎天下で特訓の毎日に小学生たちはぐったりしつつも、だんだんと練習を積み重ねていき、
本番に披露できる形にかなり近づいてきた。


もう来週は運動会という週末。
今年は土日と祝日が続き、五連休になっていた。
休みに入る前に担任の先生は、
「お休み中に、練習したことを忘れないようにしましょう」
と子どもたちに言い渡した。


それぞれの家庭では外出やリラックスのため楽しい連休となるはずであった。 ところがその連休の初日、日本列島には大きな台風が接近した。
南の太平洋上で急速に発達した台風は、まるで吸い寄せられるように日本の海域へと入ってきた。




豪雨が道場の雨戸を激しく叩きつける。
台風は近藤たちの済む地域にもその手を伸ばしていた。
車ですら買い物に行くのもやっとという状況である。

今日は稽古の日だったが、朝から台風を懸念した保護者が多く、休みの生徒がほとんどだった。
それでも総司やセイなど僅かに数人が出席した。
いつもより短めの稽古が終了すると、保護者が引き取りに来たり、
近藤や土方が車で送っていったりと、生徒たちは全員無事に帰宅した。


土方もマンションに帰ろうとしたが、雨風が急に酷くなってきたので近藤の家に泊まることにした。
それを聞くと総司もセイも泊まると言い出し、今に至っている。


食事が終わると近藤と総司が風呂に入った。
セイはその後に恒子と入ることになっており、順番を待っていた。

恒子は食後の洗い物を終え、乾燥機にかけておいた洗濯物をたたんでいる。
セイは居間の窓から外をじっと眺めていた。

次の日、セイは養父の松本順と共に両親の墓参りに行く予定になっていた。
松本は医師会の研究発表会に出席するため、先日から東北に行っている。
小さな町や過疎の村にも最先端の医療を届けるため、松本は大病院を経営している親のつてをたどって
精力的に活動しているのだ。今回の東北行きもそれに他ならない。

忙しい中でも松本は、亡き親友から引き取ったセイをかわいがっていた。
この東北の研究発表会が終われば、連休をまるまるセイと過ごすことが出来る。
その初っぱながちょうどお彼岸と重なれば、セイの両親の墓参に行くのは当然の成り行きだ。

しかしこの台風である。
松本がこちらに戻ってくるためには新幹線を使わなくてはならない。
セイは食事の直前に見たニュースで、あちこちの路線が雨のためストップしていることを知っていた。
このままでは松本が乗るはずの新幹線も止まるかもしれないと、セイは顔を曇らせた。


土方は居間のソファに深く腰掛け、新聞を読んでいた。
ふと顔を上げると、こちらに背を向けるセイの顔が窓に映るのが見える。


その時、近藤家の電話が鳴った。
恒子が立ち上がり、受話器を取る。
「はい、近藤です。あら松本先生、こんばんは」
漏れ聞こえてくる恒子の声から、相手は松本だとわかった。セイは思わず耳をそばだてた。
「こちらは大変なお天気ですよ。先生はどう…あ、ああ、やっぱり…そうですか…」
恒子の声が低くなる。
「わかりました。セイちゃんはいつも通りうちでお預かりしますからご心配なさらずに…
いいえ、セイちゃんが居てくれると家の中が明るくなるので嬉しいんですよ。ええ、ええ、じゃあ」


どうやら松本は帰ってこられなくなったらしい。
それを察し、セイは肩を落とした。
「セイちゃん、今松本さんから電話があって、新幹線が止まっちゃったから今日は帰ってこられないんですって」
恒子はセイの隣に腰を下ろすと、セイの髪を撫でながら言った。
セイはこくこくと頷く。
「お墓参りは明日じゃなくても、松本さんが帰ってきてからにしましょうか」
恒子が優しく語りかける。
セイも事情は理解している。明日墓参りに行けると思っていた気持ちを小さな胸の奥に押し込め、もう一度頷こうとした。


「恒子さん」


と土方が新聞を広げたまま声をかけた。


「何、土方さん? コーヒー?」
「いいや。…俺は明日、車を近くの洗車場で洗ってから帰ります。ついでにそいつを連れて行ってもいいんですが」
「あら」
「えっ、おじさま、ほんと?」
恒子とセイの顔が一気に輝き出す。
「今は車庫に入れさせてもらっちゃいるが、さっき道場のガキどもを乗せていった時に雨に当たって汚れた。ついでだ、ついで」
土方はバサリと新聞をめくった。
そこには天気予報が書かれており、この台風は明日の明け方にはこの地域を抜け、晴れ間が広がるとのことだった。

「わあい、おじさま、ありがとう!」
セイは土方の座っているソファの近くでぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「うるせえな、静かにしろ。松本先生とはまた別に行くんだぞ」
土方は新聞を下げるとセイを睨み付けた。
「はーい!」
セイは飛ぶのをやめ、ぴたりと“気をつけ”をする。


「セイちゃん、何喜んでるの?」
そこへ総司が風呂から上がってきた。
「あ、総ちゃん! あのねあのね、明日おじさまがね、ドライブに連れて行ってくれるんだって!」
「ええー、いいなあ!」
セイの台詞に土方は頬杖を突いてため息を吐いた。
「あのなあ、ドライブじゃねえ。洗車と墓参りだ」
「僕も一緒に行っていい? セイちゃんちのお墓の近くにあるレストラン、おいしいパフェがあるとこだったよね?」
「うん! 総ちゃんも行こ!」
「待て、そんなところにゃ寄らん! 勝手に決めんな!」
盛り上がる子どもたちに土方が大声を上げる。
が、セイと総司はお構いなしに明日の行程を話して盛り上がっていた。
土方は、もうこうなってはどうにも止まらないことを悟っている。
新聞を立てて持ち、読んでいる振りをしながら深くため息をつくしかなかった。



翌日は、台風一過の快晴。
土方は朝早く近藤家のガレージから車を発進させ、まずはコイン洗車場に向かい、車を洗った。
セイも総司もところどころで手伝いをし、車は太陽の光を受けて眩しい光を反射した。
それからセイの家の墓まで高速道路を使って走った。
まだ早い時間帯であったため道はさほど混んでおらず、渋滞に巻き込まれることなく現地へ到着した。
三人で墓石を磨き、敷地内の草をむしり、花を入れ替える。
線香を焚いて手を合わせると、誰もが無口になった。
セイは一人早めに頭を上げると、静かに青い空を見上げた。


帰り道は子ども二人に押し切られ、土方はパフェのおいしいレストランへと入らされた。
食事を終え、禁煙席で耐えていると、アイスクリームだの生クリームだのフルーツだのが乗ったパフェが運ばれてきた。
「おいしい!」
「総ちゃん、それ全部一人で食べるの?」
「うん! セイちゃんも食べきれなかったら言ってね!」
「う、うん」
目の前ではいつもの風景が繰り広げられる。
こうなることは半ば予想していたので、土方はコーヒーのお代わりを注文したり、
携帯でニュースを眺めたりしながら、子どもたちが食べ終わるのを待っていた。




松本はこの日一番の新幹線で戻ってきて、残りの連休をセイと目一杯過ごした。
セイは松本と再び墓参りに行き、墓の掃除を褒められた。
自分だけではなく、土方も総司も手伝ってくれたことを語ると、松本も嬉しそうに目を細めた。



そしてその週末は運動会の当日だった。
恒子の弁当がビニールシートの上に高く積まれる。
雲一つ無い秋晴れの下、セイは見事に振り付きの民謡を踊りきった。
最後にポーズを決めた瞬間、セイは空を見上げた。
その色は、墓参りで見た時と同じ、真っ青な高い空だった。




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