Trick or treat?ハロウィンの季節がやってきた。 ハロウィンは日本でもだいぶ定着してきたイベントである。 子どもたちが家々を訪ね歩き、“お菓子をくれなきゃいたずらするぞ”と言って菓子をもらうのは、 一説にはある宗教で「魂のケーキ」と呼ばれる四角い干しぶどう入りのパンを乞うて歩くのに由来すると言われている。 そしてあのお化けカボチャ――ジャック・オー・ランタンは、十月三十一日を一年の終わりとする地域があり、 その日は魔女や精霊が出没すると言われ、魔除けのために焚くかがり火を模したものなのだそうだ。 そのような結構おどろおどろしいはずの催しも、日本では楽しく解釈されて華やかなイベントに変わっている。 近藤が開いている道場でも、稽古後のお楽しみとしてジャック・オー・ランタンを作ることになった。 稽古が終わり、それぞれ持参の弁当で昼食を取った後、道場でランタン作りが始まった。 形の整った眉をぐっと曲げ、土方は黙々と段ボール箱からオレンジ色のカボチャを取り出す。 その横には無表情で同じ作業をする斎藤もいた。 斎藤は試衛館OBの中でも一、二の器用度を誇る。竹とんぼ作りに続いての手伝いだ。 生徒たちは二人からカボチャを手渡された。 それと同時に黒い画用紙も配られる。 「みんな、行き渡ったかな?」 近藤がぐるりと皆の手元を見渡した。 近藤はハロウィンについての説明を斎藤に頼んだ。 斎藤は立ち上がり、簡単にハロウィンについて語った。 ホワイトボードに単語や絵を書きながら話すと、子どもたちは何度も頷いていた。 斎藤の本業は弁護士である。詳しく言えば、土方が勤めている会社の顧問弁護士の息子で、 父親と同様に顧問弁護士を任されている。 普段は寡黙な男だが、ひとたび口を開けば説明は明快、余計な情報は与えずにすっきりとした内容を語る。 それは子ども相手にも同じことだった。 斎藤の説明が終わると、子どもたちは早速ランタン作りにとりかかった。 カボチャの中身はすでにくりぬかれ、きれいに洗ってある。 近藤と土方と斎藤が、前日から近藤家の一室に集まって酒だの茶だのを飲みながら、 カボチャの下ごしらえをしておいたのだ。 子どもたちは黒い紙をカボチャに当てて大きさを確かめながら、目と鼻と口を描く。 そして描いたものをハサミで切り取り、カボチャに貼る。 年齢の高い子どもは安全ナイフを貸してもらい、自分でランタンの顔をくりぬくことが出来るが、 まだ幼い子どもたちの分は、近藤と土方と斎藤が分担してカットを施す。 三人はゆうべカボチャを下ごしらえする際に練習でいくつか作ってみたので、 慣れた手つきで子どもたちの分をくりぬいた。 自分で切り取った紙の目や鼻や口をかぼちゃに貼り付けて喜んでいる子どももおり、 それはそれでまた子どもらしい味のあるものとなった。 「出来た!」 総司はナイフのカバーをきちんとかけると、笑顔でカボチャを掲げた。 三角形の目と鼻、ギザギザ模様の口。 それぞれの角がぴしりと切り取られており、いい出来映えである。 「見て見て、セイちゃん!」 総司は後ろを振り返った。 「!」 セイは驚いた様子で手を後ろに隠した。 「どうしたの、セイちゃん」 総司はカボチャを抱えてセイの側に寄ってきた。 「え、う、うん」 セイは俯いて黙りこくる。 「?」 総司はセイの背中を覗き込んだ。 セイは後ろに一歩下がって背中に隠したものを見せまいとする。 総司は気がついた。 セイはこのカボチャ作りの間に、一度も土方の所へ行っていない。 セイにとってハサミを使い、目と鼻と口を作るのなんてお手の物だ。 それを真っ先に土方へ見せに行ってもよさそうなのに。 背中に隠したものに、何か理由があるに違いない。 じっと総司はセイを見つめた。 「総ちゃん…内緒だよ」 視線に負けてそう言うと、セイは土方がこちらを見ていないのを確認して、 背に回したものを総司に見せた。 「何をコソコソしている」 ぬっと後ろから斎藤が子ども二人を覗き込んだ。 「きゃっ」 「わ、斎藤さん」 二人は驚いて飛び上がった。 その拍子に、セイの手からカボチャがごろりと転がり落ちる。 少しつり上がった目元。 すっと通った鼻筋。 への字気味の口元。 そのカボチャに貼られた顔のパーツは、土方にそっくりだった。 「何なに?」 「総司、どしたの?」 他の子どもたちも集まってきて、セイのカボチャを見た。 「あはは、セイちゃん、それ土方先生にそっくり!」 「わあ本当だ、土方先生だ−!」 決してわざと似せたわけではないのだが、出来上がったら似てしまったのだ。 床に鎮座している土方カボチャを見て、皆ウケにウケて笑っている。 土方はゆっくりとセイの元に近づいた。 そして手を伸ばし、カボチャを拾い上げる。 セイはきっと怒られると思って体を小さくした。 土方はまじまじとカボチャを見つめてから床に座り込んだ。 ジーンズのポケットからナイフを取り出し、セイが貼り付けた目と鼻と口をなぞる。 あっという間に土方顔のランタンが完成した。 「ほらよ」 土方はセイにカボチャを渡した。 セイはそれを手に取り、じっと見つめた。 セイが貼った黒い紙が寸分の狂いもなく再現されている。 子どもたちは頭を付き合わせて、その再現力に驚いた。 「ジャック・オー・ランタンは魔除けの意味があるから、土方さんの顔でちょうどいいかもな」 と斎藤が呟いた。 その呟きは子どもたちのどよめきが静まった空間に、思った以上の大きさで響いて。 その通りだと、再び爆笑の渦が起こった。 帰り際に子どもたちは、恒子が作ったカボチャのクッキーをもらって帰った。 カボチャの中身をきれいにする際に出た部分で作ったものだ。 「これでいたずらされずにすみますな」 斎藤は工具箱とクッキーの袋を手に持って言った。 「そうだな」 土方も掃除用具を抱えて子どもたちの後ろ姿を見送る。 「トリック・オア・トリート!」 総司とセイが土方たちの前に飛び出した。 「何だお前ら、菓子もらってねえのか」 土方が二人を見下ろす。 「もらったけどー」 「けどー」 にこにこと笑みを浮かべ、総司とセイは顔を見合わせた。 「あんまりおいしいからもう食べちゃったんだもん」 「だから土方さんたちの分、ください」 「ああ?」 子どもたちのあまりに子どもらしい台詞に、土方は眉をつり上げた。 「バカ言ってんじゃねえ、食い過ぎだ」 しっしっと土方は総司とセイを追い払った。 「だって土方さん、甘いもの好きじゃないでしょう?」 「代わりに食べてあげるから!」 総司とセイは負けじと土方にまとわりつく。 「邪魔だ! おい近藤さん、斎藤、何とかしろ」 土方は周りをうろつく子どもたちを避けつつ、近藤たちに助けを求める。 「菓子をあげればいいだけではないのですか?」 斎藤が自分の分のクッキーをぼりぼりと食べながら言った。 「そうでーす!」 「うん!」 総司とセイが笑顔で声を合わせる。 「…二人で半分ずつにしろよ」 土方は袋を二人の前に出した。 「おじさま、ありがとう!」 「ありがとう、土方さん」 セイと総司は袋を受け取ると、中身を数えて半分ずつに分けた。 そして道場の隅に行儀よく座り、ぽりぽりとおいしそうに食べ始める。 大人たちは道場がきれいになったかを点検しながら、二人のほほえましい姿を横目で見た。 その夜、近藤道場に通う子どもたちの家には、カボチャに蝋燭の明かりが灯された。 近藤の家でも総司とセイが作ったカボチャから、柔らかい光が放たれた。 そのうちのひとつは、どんなに恐ろしい魔女や精霊も裸足で逃げ出すような顔立ちだったことは 言うまでもない。 |