久遠の空 久遠の空 拍手ありがとうございます。2009年6月拍手文

雨の恵み



雨が続くのは梅雨の時期だから仕方がない。
だが、あまり長い間お天道様が見えないと気が滅入ってくる。

今日は結構な雨で、遠方から来る稽古生たちにも欠席が目立った。
近藤はいつもより少ない人数で、いつもより密度の濃い練習を行った。
特に入りたてのセイには細やかな指導をし、ここ二ヶ月で練習した正しい姿勢や竹刀の握り方などをチェックした。

「ありがとうございましたー!」
と小学生たちが元気よく礼をして帰宅する。
近藤と土方は道場の入り口でそれを見送った。


二人が道場の鍵を閉めて近藤の自宅に入るともう昼だった。
土曜日の午前中に小学生の稽古をし、その後に近藤、土方、総司、セイ、恒子で昼食をとる。
今日もそうなっているはずなのに、キッチンから漂ってくるはずの料理の匂いがしない。
キッチンのドアを開けてみると、今朝方恒子がきれいに片付けをしたままになっていた。
不思議に思った近藤が、稽古着入れの中に放り込んであった携帯を開いてみる。
すると恒子からメールが入っていた。
「なになに…“急に婦人会の奥様たちとランチがてら、夏祭りの屋台の相談をすることになりました。
お昼はなにか食べてください”」
近藤は読み終わってげんなりした。
恒子が町内の婦人会で、料理の腕と朗らかな性格を見込まれて様々な頼まれ事に“協力”していることは知っているが、
あまりにも急すぎる。きっと玄関で奥様たちに誘われて、拉致も同然に連れて行かれたのに違いない。

「総司、セイちゃん、トシ、すまん。今日は店屋物でもとって食おう」
ははっと乾いた笑みを漏らして近藤が言った。
「えー」
「えー」
恒子の料理が大好きな総司とセイは不満顔だ。
「悪いなあ、ガマンしてくれ」
近藤は二人の頭を大きな手で撫で、店屋物のメニューがまとめられているクリアファイルを取り出した。

「なあ、かっちゃん」
土方に呼ばれて近藤は振り返った。
土方は冷蔵庫を開けて、中を覗いていた。
「食うもの、何でもいいのか?」
「ああ、何かあるか?」
近藤は椅子から立ち上がり、メニューを眺めている総司とセイから離れた。
「この時間でこの雨だろ、何か頼むにしても、届くのはかなり遅いと思うぜ。だったら自分たちで作った方が早え」
ごそごそと土方は冷蔵庫の中から食材を取り出す。
「…お前が作るのか?」
近藤は目を丸くして土方を凝視した。
「悪いか?」
土方が近藤を睨み付ける。
「え、土方さんが作ってくれるの?」
「おじさまが?」
子ども二人も話を耳にして、メニューを放り出して冷蔵庫の前に駆け寄った。
土方は手に食材を抱えると、足で冷蔵庫のドアを閉めた。


手を洗って恒子のカフェエプロンを身に付けると、土方は包丁を取り出して野菜を切り始めた。
その隣には同じ柄のエプロン姿のセイが立つ。
セイは近藤の家にいる時には恒子と台所に立っていることが多い。
なので土方に道具や調味料のありかを教えるアシスタントをするのだ。

土方の持つ包丁が、短くリズミカルな音を立てる。
総司とセイは右と左から貼り付いて、瞬きもせずその手際の良さをじっと見ていた。
自分の手元を見つめる二人を見て、土方はニヤリと笑って次の食材をまな板にのせた。
「あっ、総ちゃん、きをつけて!」
セイが咄嗟に目を覆う。
「え?」
総司はきょとんとした。
土方の包丁がすっと動き、その食材を―――タマネギを切った。
飛沫が飛び、総司の目に入る。
総司は目が痛くなり、目を洗いに急いで洗面所へ向かった。
土方とセイはその慌てように吹き出した。

フライパンが火にかけられ、切った野菜が次々に投げ込まれる。
土方が勢いよくフライパンをあおると、食材が宙に躍った。
「すごーい!」
「おじさま、すごーい!」
子どもたちは目を輝かせて、空を飛ぶ具材を追いかけた。


「ほらよ」
とんと軽い音を立てて、食卓に皿が置かれた。
大きな中華皿には、野菜と卵と叉焼に彩られた炒飯が山盛りに乗っている。
「おいしそう!」
セイが取り分け皿とレンゲを用意しながら、ほかほかと上がる湯気を吸い込んだ。
「おいしそうとは失礼だな、うめえに決まってんだろ」
土方が盆にスープを乗せて運んできた。
「へーえ、トシ、お前料理なんかできるのか」
それまで黙って新聞を読んでいた近藤が、炒飯を眺めながら感心する。
「学生時代に散々やったし、今も続けて一人暮らしだからな」
土方が調理器具を手早く片付けて椅子に腰掛けた。

「土方さん、もう食べていい?」
総司とセイが待ちきれない様子でそわそわしている。
「お前らちゃんと手ェ洗ったか? 洗ったら食っていいぞ」
「洗いましたー!」
「洗ったー!」
「「いただきまーす!」」
子どもたちは取り分け用の大きなスプーンで上手に炒飯を皿に盛り、ものすごい早さで食べ始めた。
「おいしい!」
「うん、恒子おばさまのとは違う味で、おいしい!」
二人はにこにこ笑みを浮かべながら土方に感想を言った。
「食い物を口に入れたまましゃべんな。ほら、こぼしてるぞ」
ほめられても表情一つ崩さずに、土方は自分の分を皿によそった。
「おい、トシ。お前そのままで飯食うのか?」
近藤が子どもたちに勝るとも劣らない勢いで食べながら聞いた。
「あ?」
土方は言われて自分の姿を確認した。
腰には恒子のエプロンがついたままだった。
セイと同じ、ピンクの花柄の。


出されたものはほとんど平らげられ、近藤と総司が後片付けをした。
午後からはくちくなった腹を抱え、皆で二階の和室にてごろ寝となった。
近藤と総司は横になった途端に、ぐうぐうと寝始めた。
「おじさま?」
絵本を読んでいたセイが、顔を上げて土方を見る。
「何だ」
土方は畳に広げた新聞の紙面に目を落としたまま返事をした。
「セイね、雨だからつまんないなーって思ってたの」
「ああ」
「でもね、おじさまがおいしいの作ってくれたから、それは雨のおかげなの」
えへへとセイが笑う。
「そうか」
土方は新聞から目を離し、セイを見た。
「また作ってくれる?」
「まあな」
「やったあ」
「うるせえ、こいつらが起きるだろ。静かにしろ」
「はーい」
土方の手がセイの頭を撫でると、ショートボブの髪がくしゃりと崩れた。


婦人会の奥様たちに連行された恒子は、夕方に解放されて戻ってきた。
昼食の支度ができなかったことを謝ったが、土方が用意してくれたと聞いて恒子はほっとした。
「お料理できるなら、夏祭りの屋台もお手伝いしてくださらないかしら。人手は多い方がいいのよね」
恒子が期待に充ち満ちた目で土方に聞いた。
「そいつは御免蒙ります」
土方はとんでないと言って足早に近藤の家を辞した。
夕飯を食べていけばいいのにと近藤は引き留めたが、これ以上いて本当に夏祭りの手伝いに引き込まれてはかなわない。
土方はそそくさと車に乗り、自宅に向けて発車した。




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