久遠の空 拍手ありがとうございます。2008年9月拍手文

秋の思い出




 「近藤局長」
 局長室の外から声が掛かり、手習いをしていた近藤が返事をすると、清三郎が入ってきた。
 「お茶にしませんか?今日はいいお茶請けがあるんです」
 そう言うと清三郎は、湯気を立てる茶と共に、盆の上に乗せてきた皿を近藤の前へと差し出した。
 「ほう、これは・・・」
 近藤は目を細めた。
 「栗です。為坊と勇坊が持ってきてくれたんですよ」
 差し出された皿には、茹でて皮を剥かれた栗が山盛りに乗せられていた。

 「栗か・・・懐かしいなあ」
 近藤は栗を一つつまんでしげしげと眺めた。
 「昔、よくトシたちと栗を取って食ったものだよ」
 そう言うと新選組の長は、大きな口を顔一杯に広げて微笑んだ。



 近藤がまだ勝五郎と名乗っていた、多摩で志を熱くしていただけのあの頃。
 倒れるような夏の日差しがようやく鳴りを潜める時期になると、栗の木には秋の実りがついた。
 遊び回っていた界隈には栗の木がたくさんあったので、ガキ大将にまつり上げられていた近藤は皆を連れて毎日のように栗を拾っては持ち帰っていた。

 宗次郎が近藤の家にやってくると、歳三と宗次郎と三人で行くようになった。
 もう遊び友達は栗拾いで騒ぐ年頃でも無くなったし、歳三は生来一匹狼の気があって幼い頃は一緒に行かなかった。 そして宗次郎は生活に追われるばかりでそういったささやかな遊びも体験していなかった。

 勝五郎がまだ実が取られていない木を見つけてきて二人を誘って収穫に行く。
 年長二人が籠を背負い、年少一人はその後ろからひょこひょことついて行った。

 目的の木の場所に着くと、まずは歳三が枝を観察する。どの程度落ちそうなのか、一番落ちる場所はどの辺りなのか。
 次に宗次郎が木に登り、歳三の指示で枝を揺さぶる。実はぼとぼとと音を立てて地面に落ちてくる。
 宗次郎は言われたとおりに順々に枝を揺さぶっていき、勝五郎と歳三はそれを追いかけて実を拾う。宗次郎が全ての枝を揺さぶり終えて木から下りてくる頃には、下の二人はほとんどの実を拾い終える。
 こうすることで効率よく栗を集めることが出来、大勢で一気に枝を揺すって一気に拾うのと同じぐらいの時間で回収が終わるのだ。

 宗次郎が木から下りてくるのを待って次の木に移動する。。
 が、歳三はよく、まだ木の上にいる宗次郎をからかってその辺に落ちている木の枝でつついた。
 何度かそれを繰り返されたある日、宗次郎はぐずぐずと泣きながらまだ木に残っているイガ栗をもぎ取ると歳三に投げつけて、歳三の顔に見事に当てた。


 あの時の歳三の顔と言ったら。
 近藤は思わず噴き出してしまった。



 「局長?」
 神谷がきょとんとした目で近藤に声を掛けた。
 「いや、すまん。思い出し笑いだよ」
 近藤は口元にえくぼを浮かべたまま、栗を口の中に放り込んだ。
 あの頃と同じ味がする。

 「うまい」
 近藤はもごもごと口を動かしながら清三郎に向かって言った。
 「神谷君も食べたまえ。剥いた本人が味あわなくてどうするんだい?」
 「えっ」
 清三郎は正座した膝の上の拳をぎゅっと握った。
 「さっき皿を差し出したときに見たよ。指先が茶色くなっていたね。君がこれを剥いてくれたんだろう?」
 近藤は優しげな目を清三郎に向けた。

 確かに栗を八木の子どもたちから受け取って茹で、皮を剥いたのは自分だ。
 丁寧に洗ったつもりだったが、栗の皮を剥く時に指に付く渋の色はなかなか落ちない。
 それでも近藤が食べる時には手間をかけさせないようにと、ひとつずつ包丁で綺麗に鬼皮も渋皮も取ったのだ。

 「で、でもそれは局長がお召し上がり下さい。初物ですし」
 清三郎は当然遠慮した。
 「いいから。後で為坊たちに味はどうだっかた聞かれたら、何て返事をするつもりだい?」
 近藤は皿を清三郎の前にずいっと押し出した。

 「・・・ありがとうございます、いただきます」
 押し切られた形で、清三郎は栗を一つ口に入れた。
 茹でられた栗は口の中でほかりとその身を崩し、自然の恵みが舌の上に甘く広がった。
 「おいしいです」
 清三郎もにこりと笑顔になる。
 「だろう?」
 近藤もまた一つ手に取り、秋の味覚を楽しんだ。



 「先生・・・って、二人で何食べてるんですかっ」
 そこへ総司がやって来て、畳の上にある栗の皿に素早く視線を投げた。
 「ずるいですよう二人だけで!何で黙ってたんですかあ」
 総司は素早く部屋に入り、栗に手を伸ばした。
 「おっと、総司は駄目だ」
 が、総司の手が栗に触れる寸前で近藤が皿をひょいと持ち上げた。
 「近藤先生?」
 総司は驚いて目を剥く。

 「これは神谷君が私のために茹でて剥いてくれたものだからね。食べたかったら自分で取ってくるんだ」
 つんと近藤はそっぽを向いた。
 「ええ〜、そんなあ」
 がっくりと総司はうな垂れる。


 「はは、冗談だよ。お前も存分に食べるといい」
 近藤は総司の反応を見ると苦笑いをし、皿を再び畳の上に戻した。
 「ありがとうございます!」
 総司は目をきらきらと輝かせてすぐ栗に手を出し、あっと言う間にぺろりと全てを平らげてしまった。




 「近藤局長、私、一番隊組長がこれでいいのか時々不安なんですが」
 うまそうに茶を啜る総司を見て、清三郎がこっそりと近藤に耳打ちする。
 「いいんだよ、総司は」
 いつまでも、この師にとってこの弟子とはそういったものらしい。
 近藤も口の中に残った栗の破片を茶ですすいだ。


 「栗と言えば近藤先生、覚えていらっしゃいますか?土方さんが栗拾いの時に、枝を揺さぶる私を棒でつついたの」
 はっと思い出して、総司は近藤に視線を向けた。
 「ああ、覚えてるよ。お前、栗をトシにぶつけたろう」
 近藤は先ほどそれを思い出していたので頷いた。
 「あの時、落ちないようにしながら必死になって手当たり次第に投げたもんだから、先生の髷にもイガ栗が刺さっちゃったんですよね」
 「え?そうだったか?」
 覚えのない出来事に近藤は目を丸くした。
 「そうですよ。神谷さん、想像してごらんなさいよ。先生の頭にイガ栗が刺さってるところ。面白かったなあ」
 ははっと総司が笑う。
 清三郎も、このいかつい顔の局長の頭上に茶色い棘の丸い物体が刺さっているところを思い浮かべてみた。
 ・・・。
 「ぶっ」


 「あはははは、いえ、失礼っ」
 失礼と言いながらも、清三郎は笑いが止まらない。
 「ね、傑作でしょう?」
 その横で総司も口を開けて笑った。
 「そうだったかな・・・」
 近藤はまるっきり覚えていないようで、しきりに首を傾げていた。




 数日後、総司は清三郎と八木邸の子どもたちを連れて栗拾いに行った。
 大きな籠にいっぱいのイガ栗が取れた。
 その日のお八つはもちろん栗。
 そして夕飯は栗ご飯。
 温かく優しい秋の味覚に、誰もが舌鼓を打ったのであった。









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