木枯らし、足を撫でるひゅうひゅうと冷たい風が吹きぬけ、すっかり秋の様相を呈している。 清三郎は己の行李を出し、中から足袋を取り出した。 もうこはぜがけの短い足袋の時期は終わった。これからは筒長の、紐がついた足袋の季節である。 足袋を手にして、清三郎は思い出した。 まだ自分が幼い頃、自分の足袋はもっと小さかった。白い木綿の生地に赤い花柄が染め抜かれていたのを覚えている。 それを履いて下駄に足を通すと、元気よく家を飛び出した。 兄と一緒に折れた枯れ枝を振り回して剣術ごっこをしたり、枯れ葉や木の実を集めてままごとをしたり。 時にはこの寒い時期に泥だらけになって着物も足袋も真っ黒にし、母に怒られたこともあった。 白い足袋はだんだんと茶色くなり、鮮やかな赤い花柄もだんだんと色彩を欠いていく。 母はいつもきれいに洗ってくれていたが、清三郎にとっては花が色を落としていくのが残念でならなかった。 履かなければいいとも思ったが、寒いのでそういうわけにもいかず履くしかない。 足を通す時には今日こそ絶対に汚さないで履くと心に決めるのだが、一日が終わってみるとやはり汚れていた。 しかも清三郎は男の子顔負けの活発さだったから、足袋に穴が開くのも早かった。 これもまた母に手間をかけさせ、繕ってもらっていた。 だが次々にあちこちと穴が開くので、母はとうとう清三郎に縫い針を持たせて自分で修繕させるようにした。 初めて繕った時には針でぶっすりと指を差し、白い生地に赤い点をつけてしまった。 縫い目はがちゃがちゃだったので、すぐに同じ場所がぱくりと開いた。 清三郎は再び母の裁縫箱から縫い針と糸を取り出し、自分でちくちくと縫った。 何度も何度もそれを繰り返し、いつしか頑丈な修繕が出来るようになった。 思えばそれが自分の縫い物の始まりだったと清三郎は思った。 今となっては、あのような花柄の足袋など履く年齢でもない。 武士として、白あるいは黒のものしか履かない。 兄上。 本来ならここでこうして、巡察の前に足袋に足を通すのは兄上であったかもしれません。 清三郎は心の中で、亡き兄に話しかける。 兄上。 兄上と父上の無念は晴らしましたが、私はまだここにいます。 爪先までしっかりと押し込み、清三郎は紐を足首に巻いた。 兄上。 私は女子の身ですが、武士としてここにいます。 どうか私に、兄上の力をお貸し下さい。 紐をぎゅっと結び、立ち上がる。 腰の二本がしっかりと刺さっているのを確認する。 足首が締まり、気持ちまでぐっと引き締まるのを感じる。 足の裏も幾分か厚めの感触だ。 清三郎は小刀を抜き、素早く空を切った。 強く踏み込んだが、足袋と足にずれはない。足袋はまったく隙なく足を覆っている。 これでよし。 清三郎はゆっくりと刀身を鞘に収め、かちんと小さな音を立てて納刀した。 巡察の時間になり、一番隊は庭に集合した。 清三郎の足元を吹き抜ける冷たい風は足袋に阻まれて、まったく寒さを感じさせない。 「お、神谷。筒長の足袋出したのか?」 相田が話しかけてきた。 「ええ、もう風がこんなですからね。相田さんは?」 そう言いながら清三郎は相田の足元を見た。相田はまだ短い足袋だった。 「まだだ。寒いなあ、俺も早く長い足袋だそうっと」 足を交互に上げて、相田は身を縮めた。 「では出発しますよ。相田さん、早く列に入って」 皆の前で組長である総司が言った。 「はい」 相田はすぐに背筋を伸ばし、列に並んだ。 「神谷さん、足袋替えたんですね」 総司が歩きながら清三郎に語りかけた。 「はい、寒くなってきたので。寒いせいで動きが鈍って捕り物に失敗なんて出来ませんからね」 清三郎はにこやかに笑った。 「…それでこそ、誠の武士です」 総司も微笑み返した。 清三郎は表情を引き締めて前を向いた。 たかが足袋であるけれども、そこには大事な思い出もあれば、大事な仕事もある。 それらを守るために今日も歩く。 足袋を纏った、この足で。 参考文献: 『近世風俗史(二)(守定謾稿)』 喜多川守定著 宇佐美英機校訂 岩波文庫 2001年 |