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新年の儀



 「年が明けたからってどっかのバカどもが何かやらかさねぇとは限らねぇだろ」
 という鬼の副長の一言で、新選組は正月も巡察を休まずに行っている。
 そのお陰もあってなのかさすがに年始から事を荒立てようというつもりもないのか、不逞浪士どもの影は 見えなかった。

 正月も三日を過ぎれば街に人の影が戻ってくる。
 澄み切った高い空の下、商いが始まり、仕事が始まる。
 その中を一番隊は整列し、あちこちに目を配りながら歩いていた。

 「寒いですねーさすがに」
 セイが肩を竦めて総司の隣で呟く。
 「神谷さん、そんなに体を縮めてたらいざという時に役に立ちませんよ。ほら、ちゃんとして」
 総司はセイの背中を押して、背筋を伸ばすように言った。
 「はい。・・・先生は寒くないんですか?京の寒さは江戸の寒さと全く違うじゃないですか」
 セイは白い息を吐きながら総司に聞いた。
 「そりゃあそうですけど、仕事ですから」
 同じく白い息を顔の周りにまとわりつかせて総司が答える。
 その清々しい表情を見て、セイは己もかくあらんとばかりにしっかりと背骨に力を入れた。


 「先生見てください、あの門松」
 そう言ってセイが指差した先には、立派な門松が店の入り口に置かれていた。
 太く、がっしりとした竹を中心に三本配置し、周りには松の枝が青々と茂っている。
その足元を紅白の葉牡丹で彩り、合間に差された南天の赤が際立ち、白い飾りのついた縄が全体を締めていた。
 「すごいですね、豪華だなぁ」
 感心したように総司が目を見開く。
 「門松って、歳神様をお迎えするための依代なんですよね」
 セイが門松から目を離せないままぽつりと言った。


 セイは思い出す。
 母が亡くなって、喪が明けてから初めての正月の事だった。
 忙しい父に代わり、兄と二人で小さな門松を家の前に立てた時のことを。

 「兄上、門松は神様がおりてくるところって本当?」
 寒さにかじかむ手に息を吹きかけながらセイは兄に問うた。
 「そうだよ。それがどうかしたかい」
 祐馬は門松の向きを正す手を止めてセイの方を向いた。
 「・・・神様は、母上も連れてきてくれないかしら」

 亡くなった母上も一緒に、うちに連れてきてくれないかしら。
 そして母上の作ったおせちとお雑煮を一緒に食べるの。

 「そしたら帰ってもいいから、お正月だけ母上を連れてきてくれないかしら」
 セイは精一杯の笑顔を浮かべて祐馬を見つめた。
 母が亡くなって様々な法事が済み、父の元へと引き取られてやっと落ち着いてきたこの時期。
 やっと本当の悲しみが家族を覆うのはそんな頃だ。

 「・・・大丈夫だよ、セイ」
 ぽんと祐馬はセイの頭に手を置いた。
 「歳神様はちゃんと母上を連れてきてくださる。私たちの目には見えなくても、
母上には私たちが見えていて、無事に正月が過ごせる事を喜んでくれているよ」
 だから笑って正月を迎えるんだ、と祐馬はセイの頭を優しく撫でながら言った。
 セイは涌きかけた涙をぐっとこらえ、こくこくと頷くと、門松に向かって小さな手を合わせた。



 (そんなこともあったな・・・)
 ふふっとセイは幼い頃の自分を思い出して笑った。
 「どうかしましたか?」
 総司がセイの顔を覗き込んで言った。
 「いえ、何でもないです」
 セイは総司の声にふっと我に返った。

 「歳神様かぁ・・・」
 総司が前を向いてはーっと息を飛ばした。
 「歳はトシでも、うちの歳神様は鬼ですねぇ」
 盆も正月もないんですから、と総司は笑った。
 (鬼・・・)
 セイの頭に、屯所でどっかりと座っている鬼の副長の姿が現れた。
 「・・・っぷ、確かに」
 うまいこと言いますね、とセイは吹き出してしまった。
 でしょう、と総司は得意顔。

 あははと高らかに笑う二人の後から、呆れ顔の一番隊の面々が付いて行った。




 その後、屯所に戻った一番隊は、セイの作った雑煮に舌鼓を打ちながら、気持ちばかりの酒を飲んだ。
 と、その途中、土方が総司を部屋に呼んだ。

 「総司、貴様、街中で俺のことを笑いものにしたそうだな」
 カリカリと爪を鳴らしながら、剣呑な空気を漂わせる。
 「え、・・・だ、誰もそんなことしてませんよぅ」
 思い当たる節が無きにしもあらずな総司はじりじりと後ろに下がった。
 「隊内の事で俺の耳に入らねぇことがあると思うなよ、総司」
 土方はゆっくりと立ち上がり、口元に嫌な笑みを浮かべて総司に詰め寄った。


 「あれ?今悲鳴みたいなのが聞こえませんでした?」
 雑煮の汁を啜りながらセイが辺りを見回す。
 「さぁな。それよりお前は飲むなよ清三郎」
 セイの隣にはいつの間にか一番隊に混じって酒食を共にする斎藤の姿があった。
 神谷、おかわり、と他の隊士に言われ、セイは返事をして椀を取りに行った。



 セイの傍らに置いてあった雑煮の鍋が底をつきかけた頃、総司は隊士部屋へ戻ってきた。
 ぐったりとした表情で戻ってきた総司を見て、斎藤が背を向けて密かにVサインをしたのは言うまでもない。









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