久遠の空 表紙絵妄想第24巻

第24巻 表紙絵妄想



 神谷さんの姿が見えません。
 午後の巡察はもうすぐなのに、どこへ行ったんでしょう。
 一番隊の部屋にも近藤先生のところにもいない。
 厠かと思って待っていても帰ってこないし、井戸端で洗濯しているわけでもありません。

 もしかしたら、あそこかもしれない。
 私は羽織を着込むと手に荷物を持ち、頭に思い浮かんだ場所へと出かけて行きました。


 外は雪が降っていました。


 ひゅっと風を切る音が聞こえる。
 島原の西、太陽が傾きかけたその方に雑木林があります。
 朱雀野の森。
 ここしばらくは行っていなかったけれども、“神谷流”剣術の稽古をしていた場所。
 秋を越えて茶色く枯れた木々、頼りなく細い枝、常緑樹であるがゆえにまだ残る緑の葉。
 その影に、あの人はいました。

 体の大きさに見合った大刀を振り、落ちてくる雪を横一線に薙いでいる。
 手貫緒でしっかりと固定された柄を小さな手で握り締めて。

 「誰ですか」
 こちらに背を向けたまま、神谷さんは言いました。
 「私ですよ、神谷さん」
 私は目の前に伸びる枝を除けながら神谷さんに近づいていきました。
 「沖田先生」
 神谷さんはこちらを振り向きました。

 右手に刀を下げ、熱心に鍛錬をしていたせいか頬が紅潮しています。
 この寒い中を、どれだけ動いていたんでしょう。
 「熱心ですねえ。でもほどほどにしておかないと、巡察が終わるまで持ちませんよ」
 私は神谷さんの頭についた白い雪を払いながら言いました。
 「いいえ、これぐらいしておかないと巡察中に使いものになりませんから」
 神谷さんは苦笑いしながら答えました。
 寒い日は体を温めてから巡察へ出ないと、いざと言うときに体が動きません。
 他の隊士たちは面倒くさがってやらない者も多いというのに、この娘は。

 私は神谷さんの肩についた雪も払ってやりました。表面は冷たく、このままでは風邪をひいてしまうかもしれません。
 「もうすぐ巡察の時間ですよ。ここまでにしませんか」
 「はい。でももう少しだけ」
 自分ではまだやろうと思っていたらしく、神谷さんは下げていた刀の刃先を上に向けました。

 「じゃあ、せめてこれを」
 私は持ってきたものを広げました。
 赤い襟巻きです。
 「どうしたんですか、これ。また為坊から借りてきたんですか?」
 「え?ああ、あの時のことですか?」
 そう言えば、前にも赤い襟巻きをしたことがありましたっけ。
 神谷さんが入隊して初めての冬だったと思います。八木さんちの為坊と勇坊に借りて、二人で雪景色を見に行った時のことでしょう。

 あの頃はあなたの背を守ることばかり考えていましたが、今となってはあなたに守られたこともたくさんあった。
 もう一人前の武士なんですよね。

 「沖田先生、稽古の邪魔になります。これは要りません」
 神谷さんは襟巻きを鬱陶しそうに見ました。
 「駄目ですよ、風邪引いたらどうするんですか」
 私は神谷さんの襟元に襟巻きを巻きつけました。
 浅黄色に真紅が映えています。

 「それに、私からの贈り物なんで受け取って欲しいんですけど」
 と私は笑って言いました。
 この襟巻きは借り物ではありません。この前神谷さんがお馬で里乃さんのところに行っていた時に一人寂しく甘味を食べに行って、 通りすがりのお店で見つけて買ってきたものなんですから。
 「・・・あ、ありがとうございます」
 神谷さんは私の説明を聞くと、顔を少し赤くして言いました。
 「で、でも巡察の時にはしていきませんからねっ」
 ぷいと神谷さんは横を向いて、静かに刀を納めました。

 「帰りますよ」
 私は神谷さんを促しました。
 「はい」
 神谷さんは私の横に並んで森の出口へと歩き出しました。

 白い雪が青い羽織にかかる。
 赤い襟巻きに黒い髪が揺れる。

 守り、守られながら。
 私はすっかり武士になったこの娘と、今を歩いています。










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