久遠の空 一尺八寸

一尺八寸



ああ、このお二人ったら、
本当にかわいいです。

もう現物をお渡ししましたので、
お話してもよろしいでしょう。

私がお持ちした、この刀について。

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あれは今年の3月のことでした。
新選組が屯所を移転するとのことで、
会津公にご挨拶に見えられたときのことです。
ちょうど私も御家来衆の刀を点検に来ていました。
近藤局長以下数名がお見えになっていると聞き、
運がよければ、土方副長に一目お会いできると
思った私は、謁見の間へ向かいました。

廊下の角を曲がると、背の高いくせっ毛の方が
向こうへ歩いていくのが見えました。
あれは確か、沖田さんだ。
「沖田さん?」
私は後ろから声をかけました。
「え?」
くるりと振り向いたその人物は、やはり
沖田さんでした。
「…古川さん!」
沖田さんは笑って、私のほうに
歩いてきました。
「ご無沙汰しています。新選組の皆様が
公にお目通りと聞き、ご挨拶申し上げようと
思いまして…」
頭を軽く下げ、私は沖田さんに話し掛けました。
「ふふっ、お目当ては新選組じゃなくて誰かさんでしょ」
沖田さんはいたずらっぽく笑って言いました。
言い当てられて私は、そんなことは、と苦笑いしました。
「ちょうどよかった。土方さんには後で会わせてあげます。実は、
古川さんにお願いしたいことがあったんですよ」
そう言って沖田さんは私の袖を引き、周りに
誰もいないのを確認すると、すぐ脇の部屋へ
私を引き入れました。

すーっ、ぱたん、と障子の閉まる音。
部屋の中ほどで二人、向かい合って座りました。
「実は、刀を一振り打っていただきたいのですが」
まじめな顔で、沖田さんは切り出しました。
刀鍛冶の私にするお願いとしては妥当です。
私が再び刀を打つ心を取り戻せたのは、
沖田さんにもお世話になったからです。
喜んでお引き受けすることにしました。

「ええ、承知し」
「誰にも内緒で」
…内緒で?
沖田さんはまっすぐ私の眼を見て言いました。
「別に構いませんが…」
気圧されるようにして返事をすると、
「あぁよかった、古川さんなら大丈夫ですよね、
内緒にしてくれますよね」
と、沖田さんは表情を崩しました。
「で、どのような刀をご所望ですか?
大刀でしょうか、脇差でしょうか?
まずお手を拝見いたしましょう。
寸法など、採らせていただきますので」
こちらも笑顔で返しながら、沖田さんの手を
取ろうと膝を進めました。

「いえ、違うんです」
すると沖田さんは些か慌てて、ご自分の手を
引っ込めました。
「?あの、寸法や手癖などを知りたいだけです。
沖田さんが振るわれるのに最適なものを
お作りしたいので」
「あの。作っていただきたいのは、
実は私のじゃないんです」
沖田さんは少し顔を赤らめて、小さな声でそう答えました。
「沖田さんのじゃないんですか」
「…はい」
では一体どなたのでしょう?
「町の刀屋ではなく刀鍛冶である私にご相談、
ということは、一応それなりの物を手に入れたいと
思ってですよね」
私は膝を戻し、ひんやりした畳の上に
座りなおしました。
「…はい」
沖田さんは同じように正座をし、俯いて、
膝の上でにぎりこぶしを固めています。
「ならば沖田さんもご承知のはずです。
私がどのように刀を作るのか、
そのために何が必要なのかも」
「…はい」
お分かりのはずなのに、何故お話くださらないのか。
疑問に思って、私はそこまでお話すると、
少し黙っておりました。


「…神谷さんのなんです」
ぼそりと、沖田先生がようやく口を開きました。
「はい?」
「だから、神谷さんのなんです」
ますます俯いて、沖田先生は言いました。
「神谷さんって、私が入隊していた時にお世話になった…」
「…はい、あの人です」
沖田先生は顔を上げました。
「だってあの人、ちっちゃいじゃないですか。
臂力も握力も弱いんですけど、
やたらと大刀を振り回すんですよ。
それなのに刀の大きさが合ってないから、
実践になると心配なんですよね、
扱いにくい得物で斬り合いになると。
それこそ町の刀屋で見ても、神谷さんの
体格に合う大刀ってなかなかないし…
だからあの人に合った刀を作ってあげたいと
思って…」

そこまで一気に捲くし立てると、沖田先生はまた
下を向きました。

なるほど、得心いたしました。
それならば、今ここで沖田先生の
手を採寸しても意味がありません。
でも…

「内緒にしてしまったら、寸法を測るのは
どうするんですか。私が出て行って測ったら、
さすがに気付かれると思いますが」
「あ、そうですよねぇ…」
うーん、と沖田先生は腕を組んで考え込んでしまわれました。
「…じゃあ、私が測ってきます」
ぽん、と沖田先生が手を打ちました。
「先生が…ですか?どうやって?」
「私が神谷さんの手と自分の手を比べて、
大きさとか見てきますよ。それを古川さんに
お教えすれば大丈夫でしょう?」
いい考えだとばかりに、笑顔を見せる沖田先生。
「ええ、でも出来たら実測したいところなんですが…」
「あー、ダメですか…こんな方法じゃ大雑把すぎますか…」
私が食い下がると、沖田先生はちょっと肩を落とされました。

よほど内緒であげたいんでしょう。
「承知いたしました。それで結構です」
私はふっと笑って申し上げました。
熱意に負けました。
ぱあっと沖田先生の顔が明るくなり、
「わぁ、本当ですか古川さん、ありがとうございます!」
と言って、私の手をとり、ぎゅっと握り締めました。

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その場で神谷さんの簡単な身体的特徴を伺った私は、
次の日からすぐに鍛錬所に入りました。
試作刀を打つためです。
三日後、沖田先生が鍛錬所にお見えになりました。
神谷さんの詳しい手の寸法などを伝えに。
「いや〜あんまりロコツに手を握ったり
見つめたりしたから、怪しまれちゃいましたよ」
数字を書き付けている私の横で、沖田先生は
どんな風に手に触れたのかとか、感触はどうだったのか
とか、神谷さんがどんな反応を示したのだとかの
委細をずーっとしゃべっておいででした。
顔が赤く見えたのは、ひとりで語っていたせいだけでしょうか。

しかし、沖田先生はそれだけの人物ではありませんでした。
日を置かずに何度も何度も鍛錬所を訪れては、
私の打った刀を試していらっしゃいました。
そして重さや長さ、身幅などに細かく注文をつけて、
わずかな妥協も許さない目つきでした。

そうなってくると私も面白くなってきて、
沖田先生の言われることだけでは飽きたらず、
刀身に見合った拵にまで手をつけてしまいました。
沖田先生から伺った神谷さんの手の大きさや指の長さを
考えて、柄木を細めに、なれど刀身の重さに合うように、
かなりの回数を重ねて削りました。
久しぶりに柄巻をしたので、始めはうまく巻けずに
苦慮いたしましたよ。
糸の色も、神谷さんの白い肌に合うように、
知り合いの柄巻師から見本を幾つかもらったり…。


試作も進み、いよいよ本物を打とうというころ、
沖田先生はしばらく姿を見せなくなりました。
屯所が移転になり、忙しかったようです。
私は今まで沖田先生とご相談したことを
頭に入れ、数字や着想を書き付けた紙を
炉に入れて燃やしました。
そして、その火に玉鋼をゆっくりと差し入れ−−−−−−−

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そしてこの刀が完成したのです。
途中、あなたと鍛錬所や黒谷本陣で何度かお会いしましたが、
なんとか話を漏らさずにすみました。
でも、あなたは鋭いからご存知だったのではないですか?
お代は付け値の後払い、と最初に沖田先生には
申し上げておいたのですが、冗談です。受け取れません。
頼まれてお作りしましたが、この刀を打っていて
私自身、とても勉強になりました。
それに、目の前でお二人にこんなに喜ばれたら
刀鍛冶冥利に尽きるというものです。

これがこの一尺八寸の刀の経緯なんですが。
あれ?なんで飽きれたように固まっているんです?


ねぇ、斎藤さんってば。









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