は首根っこを掴まれ、ずるずると引き摺られていった。
首が苦しいし、胸元が崩れる。
(でも、それよりも気になることがある…)
とりあえずは大人しく引っ張られていった。


案内役だった二人の僧は、を別の棟に連れ込んだ。
ちらりと見えた限りでは、屋根の上にさらに階層が設けられている。
二階建てか、それ以上の建物であった。


僧たちはきょろきょろと辺りを見回し、さらに建物の奥へと入る。
池に面した一室の中に、僧たちはを引き入れた。


部屋は池に面しており、珍しい舟入となっていた。
コの字型に切り取られた部屋の一角には、小舟が一艘やっとつけられる小さな船着場がある。
池から船でこの部屋に出入りできるようになっているのであった。

(風流なお部屋だな…)
阿弥陀堂や御影堂といった壮麗さとはまた別の美しさ。
西本願寺の奥深さを垣間見た気がして、は思わず小さなため息を漏らした。


その隙に、僧たちは二人がかりでを押さえた。
もちろん抵抗したが、男ふたりのちからに敵うわけがない。
はあっという間に手足を縛られてしまった。


「これでよかろう」
と、一人の僧が手をはたく。
「ああ。しかしこれで本当にうまくいくんか?」
別の僧が眉を寄せる。
「うまくいくに決まってる。こいつがあれば、な」
そう言った僧の袂から何かが取り出され、の足元に置かれた。



(仏様…?)
は目を凝らして
それは、高さが約三寸ぐらいの、ころんとした見た目の仏像で。
肩から大きな袋をかけているところを見ると、大黒天だろう。

(ん…?)
よく見ると、顔の両側が大きく膨らんでいる。
(あれは…顔?)
正面を向いている顔の両側に、別の顔がついている。
(三つの顔…三面…まさか、これは)
先ほど僧たちが言っていた、盗まれたという三面大黒なのではないだろうか。



「気づいたようだな」
僧の一人がかがみ、の顔を覗き込む。


「お前、そんな成りをしておるが、この前、七宝物を探しに来た新選組の者やろ」


「…!」
バレていた。
だが、は頷かずにただ僧の視線を受け止める。


「七宝物を探せば、必ずこの奥へとやって来ることはわかっていた。
七宝物の幾つかは、この奥でしか見られんからなあ」

「そのうちの一つが無くなったと言えば、お前は動かざるをえない。
思ったとおりに参観の列から抜け出してくれた。
まさか尼に変装してくるとは思わなかったが」


行動まで読まれていたとは恐れ入る。
が、それは筋道立てて考えればそう難しいことではない。

七宝物について調べていけば、必ずこの西本願寺の奥にたどり着く。
そして七宝物のうちの一つが無くなり、一般の参観が中止となれば、
次にいつこの参観が行われるかわからない。

しかもこちらは三日以内の期限付きで七宝物を調べている。
そうなれば、奥に入れた今のうちに見ておこうと思って参観の列を離れることは、
十二分に予想出来る結果なのだ。


(まあそこに、ごくごく普通にはまってしまったのだけれども)
自分の単純さに呆れ、は軽くため息をついた。


しかしこれで気になっていたことが解決した。
参観者の持ち物を調べている時に、どうして三人で行っていたのか。
盗難があって、もし参観者に犯人がいるのならば、
調べている途中に盗品を持って逃げ出す可能性がある。
二人で調べて一人が見張りに立つのが当然なのではないか。
(見張りがないと思って、私を逃がすためだったのだ)
は心の中で頷いた。



「これからお前は、門主様に見咎められる。
さっき盗難を告げに来た僧がおったやろ、あいつが門主様を連れてくる。
新選組が西本願寺に居座っていることをよしと思っていない門主様のことや、
新選組であるお前が三面大黒を盗み、こんなところまで入り込んできたと知ったら、
ますます新選組をお厭いになるやろうなあ」

「そしてお前は七宝物をすべて確認することが出来ずに終わる。
俺たちとの約束により、新選組は西本願寺から追い出される。全てこれで丸く収まる」



西本願寺側が新選組の逗留をよく思っていないことはわかる。
しかし、とは口を開いた。

「出て行って欲しいなら、話し合いで解決すればいいじゃないですか。
私を騙し、盗難を偽造してまで追いだそうとする必要はないでしょう。
仮にも仏の道に仕えていらっしゃるあなた達が」


「やかましい! 話し合いで済まんからこんなことになるんや!」
「来ないでください、はい行きません、出て行ってください、はい出て行きます、
そんなことになるはずないやろ、お前らが!」
僧たちは怒鳴って反撃してきた。




ぽつん、との背後で音がした。
振り返って池の水面を見てみると、音とともに波紋が広がる。
雨が落ちてきたのだ。



「雨か…やはりあの灯籠の言い伝えはほんまなんやな」
「あの灯籠に梟が止まると雨が降る、か? 今回も当たったな」
僧たちが呟いた。



(じゃあ、あれが七宝物の一つ、梟の灯籠だったのか)
縛られているので本は見られないが、確かに七宝物由来にそういった説明があった。

(これで、七宝物はあと二つ…いや、一つになったわけだけど…)
は足元の三面大黒へ目をやる。
この三面大黒も、七宝物の一つだったはずだ。



「そうだ、門主様が来るまで、こいつをあの舟に乗せようぜ。
生意気な口を利いた罰だ」
僧の一人がを縛っている綱を掴む。
「ああ、雨に濡らしておけば少しは大人しくなるだろう」
もう一人もの足元に回って、は二人がかりで担がれた。


「ちょっと…やめてください!」
外は雨が降っている。
しかも、池という水面の上に、舟とはいえ手足を縛られて置かれるのだ。
もし転覆でもしたら、いたずらに時を超えてしまうかもしれない。
それに、いくらなんでもやりすぎだろう。自分は実質的には無実なのだ。



必死のもがきも虚しく、は池に浮かぶ舟に放り込まれた。
雨が針のようにぽつぽつと服を刺し、の体を濡らしていく。

「う…」
雨が服の上から染みてきて、ちからが抜けてくる。
(このままではまずい。せめて軒下に入らないと…)
とは思うが、手足の戒めは解かれておらず、どうすることも出来ない。



「あいつ、遅いな」
と部屋の入口を交互に見ながら、僧の一人が言う。
「ああ。俺たちと離れたらすぐに門主様をお連れする手はずになっていたよな」
もう一人も首を傾げた。



そこへ、どすどすと荒い足音が近づいてきた。
「遅いぞ、門首様はお連れしたか?」
と、一人の僧が廊下を振り返る。



その体が、どんと飛ばされた。
僧は舟入を転げ落ち、船着場から池に落ちた。
水しぶきが上がり、が乗っている舟が大きく揺れた。


「お前、誰や! …ひい、や、やめてくれ!」
さらにもう一人の僧が、悲鳴とともに池に投げ込まれた。




(何…?)
は何が起きたのかと、出来る限り頭を上げる。
船着場を急いで降りてくる足音とともに現れたのは、



土方であった。



続いて監察の山崎も、町人の姿で下りてきた。
「山崎、舟を引き寄せろ!」
「承知!」
土方は舟の上にの姿を認めると、山崎に舟を引き寄せさせた。
舟は柱に綱で繋がれていたので、簡単にたぐり寄せることが出来た。


土方はを抱き上げ、部屋へ入れる。
そして体を戒めていた綱を解く。


「しっかりしろ」
土方は手ぬぐいを出し、の体をわしわしと拭いていく。
「…ありがとう、ございま…す…」
は雨に濡れてちからが出ないのと、助かった安堵と、
拭かれることの心地よさに、ただ横たわった。



「最近のお前が妙だったから、島田と山崎に見張らせてみりゃこうだ。
まったくお前は何をしてやがんだ」
「え? 島田さんとはお会いしましたけど、山崎さんも…?」
は山崎を見上げる。
「参観者にこの格好で紛れとったんですわ。気づきませんでした?」
山崎は両手を広げ、町人の風体をに見せる。
「全然…」
七宝物に気を取られすぎていたのだろう、は全く気づかなかった。



「でも、どうしてここが…?」
「参観が中止になった時に、これはえらいことになると思いまして。
副長はんにお知らせしに行ったんですわ。
その前に、門主はんのとこへ向かった僧をとっ捕まえたんどすが、
その時にあのお坊はんに------」



と山崎が指さした先で。
ざぶんざぶん、と再び大きな水音が池から聞こえてきた。
落とされた僧たちが船着場に這い上がろうとしていたが、また水面に浮いている。



「この…西本願寺の面汚しが!」
船着場には、案内役の僧でもなく、盗難を告げに来た僧でもない、
別の僧の姿があり、水面を見据えている。
その僧には見覚えがあった。



に七宝物の本をくれた、あの僧だった。



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